🍬 KURUMI part 🍬
小さい頃に憧れたカラフルなお菓子。
その色鮮やかさに目を奪われた思い出。
この出会いを、何かに例えるなら。
*
目の前には女の子がうずくまっていた。その原因はあたしにあるんだけどね。そこはごめん。
自宅を出て三十五歩目。いつものようにキャラメルコーティング略して殻をまとって寒空の下学校へ向かうあたし。ちなみに今日のコーティングのコーディネイト、略してコーティネイトは何というか宇宙服型とでも言うか。可愛い名称募集中。どう言えばいいのかねー。要はあたしの輪郭の十センチメートル外側を殻が覆ってんの。伝わった?
そんなあたしの前に彼女は突然現れた。現れたと思った瞬間それはもう恐ろしいほどの全速力で彼女はあたしに近づいてきた。しかも手には何やら武器のようなものまで持っていた。必死の形相で駆ける彼女を見て一瞬パニックに陥ったあたしはとっさに防衛態勢をとった。すなわち殻の範囲を広げたのだ。巨大な円筒状へと形状を変形させて。その大きさは半径三メートルといったところか。何とかフィールド全開って奴だね。悪気はなかったんだけど。本能が勝手に。
ごうん、と微かに鈍い振動が伝わった。要はガラスに気付かずに全速力で頭からぶつかった人だ。痛そうで本当にごめん。でも地面に座り込んだその女の子にあたしは目を奪われてまじまじと観察する。
その女の子の特徴として否が応でも最初に目に飛び込んでくるのは透き通るかのような水色のロングヘアーだった。そのまるで冗談かのように美しい長髪を見せつけられてあたしは一瞬息を呑んで見惚れていた。その後で多少こみ上げた嫉妬心というかなんと言うかモヤモヤした気持ちを胸の奥底へと投げ捨てて視線を下へと移した。彼女はおでこを一生懸命さすっていた。おそらくと言うか間違いなく痛さのせいであり原因はさっき盛大にぶつけたからでありその一部始終を目撃していたのだから間違いない。しかし痛さで大きく顔をしかめた表情であっても彼女がかなり整った顔立ちであることは一目瞭然でまたモヤモヤが這い上がってきた。
それから彼女はあたしと同じ制服を着ていた。その制服の存在によりあたしと同じように女子高生という名のボーナスステージの真っ最中であることを世間にアピールしていた。ただ彼女が挑戦中のステージは見ての通り悔しいことにあたしより二つも三つも上のグレードのご様子でチャリンチャリンと湧き出すコインが見えるかのようだった。さらに視線を下に移してあたしはさらに嫉妬した。いわゆる女の子座りの彼女の短いスカートからはこれまた透き通るようなテクスチャーで構成された美脚が惜しげも無く披露されており、悔しいかなあたしはまたしばらく見惚れていた。その傍らには先ほど振り上げていた武器らしきものが転がっていた。といろいろ特徴が多くて描写に忙しい女の子だが、全体的に一言でまとめるとするならば現実離れしたというか異質だった。なにこの子。
ともかくあたしは殻を消失させる。
「あ痛ったー……」
ああやっぱり痛がっていた。申し訳ない気持ちがある一方突進してきたこの子にも責任は大いにあるとも言えるしどうするべきかほんの一瞬だけ迷う。しかしあたしはなんせ物理的な殻をまとう筋金入りの俗世断絶ガールなので最も自分らしい行動を選択する。すなわち何にも気づかなかったことにして先を急ぐのだ。それじゃ。
「ちょちょちょちょちょ、おいおい待ってよ行かないでよー。ないわー。さすがにシカトはないわー。ひくわー……」
あーやっぱり呼び止められた。その子は結構な勢いで飛び上がると不満げな独り言をひとしきり呟きながら結構な勢いでダッシュしてあたしの前に立ちはだかった。そして。
「……あっ!そうだそうだ。自己紹介忘れてた。まずは名乗らなきゃね、メンゴメンゴ」
と言うや否や彼女は、左手を腰に当て、右手に持った武器のようなものを天高く掲げ、これ以上ないと言うくらい得意げな表情で高らかに言い放った。
「ポップでキュートなお菓子系アンドロイド、三秀園ショコラとはあたしのことよ!」
…………。
三秀園ショコラ。彼女は確かにその冗談みたいな名前を名乗り華々しいポーズを決めた。良し悪しはまあ置いといて、かなり練習した様子が伺える。そこは褒めてあげてもいいんじゃないの。誰か。どこかの誰か。あたしは知らないけど。
……で。何の用なんだろう。
他人のことをとやかく言える立場じゃないが、この子はかなり怪しい。胡散臭い。関わらないほうがいいランキングの多分常連に違いない。正直速やかに立ち去ってほしいもしくは立ち去りたい。ただあたしも一応オトナの階段登る途中の|淑女《レディー》として、先方の要件を聞いた上でこちらの出方を伺うというオトナのやり方でまずは様子を見ようと思う。聞き入れられる要件ならまあ聞いてもイイし。無理なら淑女ガン無視で全力で逃げよう。
「あ、壊しにきたんだ、そのキャラメリゼ。悪いけど」
彼女はにっこり笑いながら首を傾げた。よし逃げるか。物騒な武器も持ってるし。意図はわからないけど。
「あ、見る見る見る? この武器。ほらほらほら、この先っちょの星球のところ、コンペイトウっぽいでしょ?だからコンペイくんって言うんだよ。可愛くない?」
こちらの想いやら話の流れやらいろいろ関係なしに彼女は手に持った物騒な武器を自慢気に見せつけてきた。そこそこ大きな棍棒の先に鎖が繋がり、さらにその先は星球に繋がっている。その星球の形状は確かにコンペイトウに似て、突起がいくつも生えている。こういう武器はテレビゲームで見たことがある。確かモーニングスターとも呼ばれるような武器だったような。あたしってば博識。いやそれより逃げねば。
「あと、コンペイトウってのは実は元々ポルトガル語で。『金平糖』っていう漢字は当て字なんだよ? ……どうこれ?」
向こうも対抗してコンペイトウ豆知識をぶつけてきた。でもどうと言われてもなあ。日本とポルトガルとが築いた長い歴史に想いを馳せるだけだなあ。嘘。何とも思ってない。
それはさておき、あたしは目の前の身勝手な小娘に対してイライラが溢れんばかりに湧き出し逃げるよりも怒りの感情の方が大きくなりあたしのハラワタは相当煮えくり返った結果十分にカラメルが溶け出す温度に達していた。左手指からカラメル化した砂糖の糸が溢れ出すのを感じたあたしはちょっと脅かしてやろうと決意する。あたしの左手の中で製造されているのはまあ巨大な飴玉と言っていいだろうか。テニスボール大のべっこう飴。割り箸が刺さっておらずりんごも中に入ってないりんご飴、という言い方もできるか。縁日に並ぶ屋台のおじさん気分も少しだけ味わえる。さて程よい大きさに育ったところであたしは手首のスナップを効かせて彼女に向かってそれをぽいっと投げ付けた。前述の通り単に威嚇というか驚かせる為だけのつもりで当てる気などなかった。しかし意図せずそれは彼女の左肩の辺りにぶつかった。思わずあたしの口からあっという声が漏れた。やりすぎた。これはちゃんと謝ったほうがいい。ごめん。そう言おうとした。
彼女の左腕はカラフルなゼリービーンズとなって弾け飛んだ。
「ぎゃーーーーーーっ!!」
ええー……
彼女の悲鳴とあたしの驚愕の声が重なって響く。それは本当に驚くほどあっけなく吹き飛び、欠片は陽の光を鈍く反射してあたしの視界を埋め尽くした。あー糖度が上がっただろうなこの辺の空気。いくつかの欠片は近くの壁に激突して垂らしたインクもしくは投げつけたトマトのように無残にべちゃりと広がり鮮やかに染め上げた。まさにお菓子で作った家のようだ。ポップでキュートなアートの物件に早変わり。
そうじゃなくて。
ちょっと。
すっげえ弱くない?
叫び声もザコっぽいし。
何しに来たのこの娘?
あの……ごめん。大丈夫?
「ぜぜぜぜぜ全然大丈夫だしこんなの! 痛くないし! 砂糖とか水飴とか熱したらまた出来るし! 腕! 基本的にお菓子だから! もも問題ないし!」
かなりテンパってるようで申し訳ない気持ちになる。ただ弾け飛んだ腕はすぐ治るらしいのでそこはひと安心だ。良心の呵責に耐えられなくなるところだった。お菓子系アンドロイドの肩書きは伊達ではないということか。
「というか! ちょっと!! 攻撃するならするって言ってよ! もう何なの!」
宣戦布告してきたのはそっちでしょうに。
「この乱暴者! キレる世代! もうバーカバーカ!」
あんたこそ物騒な武器持って人のこと言えるのか。何この一方的な言われよう。ツッコミの忙しい子だ。
「こちとら基本的にお菓子なんでね! 優しく扱ってもらわないと困りますね!」
……あー、確かによく見ると腰の辺りに『ワレモノ注意』って貼ってあった。ついでに言うと隣には『天地無用』と貼ってあった。さらにその隣には小さく『高温多湿を避けて保管してください』と書いてあった。この子、夏場はどうやって過ごしているのだろう。気になった。
「あと、高温多湿を避けて保管してくださいね! 基本的にお菓子なので! うわーん!!」
などと半分泣きべそをかきながら猛ダッシュで逃げる女の子。うんそれさっき読んで知ってる。真夏にもう一度会おうね。
と思いきや、くるりとこちらへ振り返り、ポーズを決めながらこう言い放った。
「この街で一番甘いのは、あたしの血だよ!」
そして再び猛ダッシュ。
うーん。結局何だったのか、輪をかけてわからない。本当なんなのあの子。でもなんか清々しい。多分バカなんだろうけど。