jelly-beans

🍬3 籠りたい系女子、壊したい系女子

　🍬 KURUMI part 🍬

　前回までのあらすじ。キャラメリゼ女子高生がお菓子系アンドロイド女子高生に絡まれました。何この話。

　＊

　自宅を出る。それが開戦の合図。

　あの日を境に一つのゲームが始まった。
　タイムリミットは通学中。我が家の玄関を出てから校門をくぐるまで、及び校門を出てから我が家に帰還するまで。その間は攻撃しても良い。でキャラメルコーティングを叩き割ったら彼女の勝ち。どうやらこういうルールがいつの間にか制定されたらしい。こちらとしては合意したつもりは全く無いしまずもって攻撃されてる意味がわからないし非常に攻撃側有利なルールなのも気にくわないし

「ってぇーーいっ！」

　来たよもううっとおしい。
　短いスカートを翻しこちらに飛びかかる女子高生。その正体は自称お菓子系アンドロイド、三秀園ショコラ。とか名乗る胡散臭い子。
　あたしは｜特殊能力《キャラメリゼ》を持ってることと性格がヒネくれてること以外はすべてが並以下の女子高生なので当然戦闘には向いてない。格闘技はおろか運動部の経験もないので身体能力は絶望的だ。故に指から出る砂糖で煙に巻きつつ逃げ切るくらいしか戦略がない。思えばあたしの人生はこういう面倒ごとから逃げ続けてる人生だった。まだあたしは殻に閉じこもっていたいのに。

　あたしはゴルフボールくらいの大きさに丸めた食べ応えのあるべっこう飴を三つ製造し無防備に空を舞う彼女に投げつける。うわっ、と彼女がバランスを崩すのを見届けることなくあたしは彼女の脇を華麗にすり抜けて学校目指して猛ダッシュ開始。もー朝からキツイんですけど。なんでこうなったんだろう。あーあと完全に余談ですが口裂け女に会ったらべっこう飴を与えると良いらしいよ。大好物なので夢中で食べてる間に逃げられるらしい。この子も口裂け女なら良かったのに。

「ちょっと！　ポップでキュートなお菓子系アンドロイド、三秀園ショコラさんから逃げられるなんて思わないでよっ！」

　後ろから怒号と無様な着地音が聞こえる。言っても相手はお菓子系アンドロイド、すぐに体制を立て直して追いかけて来るだろう。とにかく走れ。差を広げろ。校門に滑り込めばこっちの勝ちだ。正直あんまり派手なことはしたくないんだけど背に腹はかえられない。ケーキがひっくり返ってからでは遅い、だったっけ。こんなことわざ無かったっけ？　とか言ってる間にもう追いつかれた。速いよもう。やっぱ体力つけといたほうがいいのかな。朝晩のジョギングくらい始めてみようか。殻にこもりながらアウトドアをエンジョイする女子高生。あー、回り込まれた。

「はあ、はあ……追いついた……今日こそ、その殻、壊すからね」

　なんだろうこの情熱。すごいな尊敬する。尊敬するけどすごい迷惑。どうやったら元の平穏無事な引きこもりライフに戻れるのだろう。そもそも貴方、何が目的なの？

「……お菓子が泣いてる」

　……はあ？　はあ。

「お菓子が泣いてるのが聞こえる。だから止めなきゃ」

　……。
　あーあれか。電波で動くアンドロイドか。

「お菓子は人を笑顔にする為にあるんだ。でもキミは、歪んだ使い方をしてる。お菓子の力で孤独になっちゃった。お菓子の力を、楽しくない方向に使っちゃった。だから、お菓子が悲しがってる」

　彼女の目はこれ以上なく真剣だ。冗談を言っているようには見えない。何を言っているのかよくわからない……はずなのに、何故か少し胸が痛い。

「だから……あたしが、壊してあげる」

　そう言って、彼女はフレイルを振りかざしたままあたしに向かって飛びかかった。
　その真剣な表情を、長い水色の髪を靡かせる姿を目にしたあたしは、ほんの少しだけ見惚れてしまった。美しい、そう思ってしまった。こんな訳の分からない奴に。とっても癪だけど。その分対応が遅れた。 　フレイルの先端、｜星球《コンペイトウ》があたしに振り下ろされる。それはあたしの頭上五十センチメートルで殻を捉えそこそこの衝撃とともに小さなヒビを刻んだ。この子本気だ。
　あたしは後ろに飛んで少し距離を取りつつ、負けじと巨大べっこう飴を投げつける。彼女も左手一本でバク転してそれをかわすが、一つが彼女の長い髪を掠めてその先端がゼリービーンズとなって消し飛んだ。どろりとした粘液が彼女の頬に付着する。

　お互い肩で息する二人。
　道路の真ん中で向かい合う女子高生二人。

「あたしを甘く見ないでね。お菓子とはいえ、ね」

　彼女は右手のフレイルを強く握り直す。

「さて、そろそろ覚悟し……ふべっ」

　一歩目を踏み出そうとした彼女は勢いよく前のめりに倒れこんだ。顔面から地面に激突する直前に咄嗟に左手をついて庇ったは良いがその衝撃でまた左手が色とりどりのゼリービーンズになって弾け飛び地面にべちゃりと付着した。おー、なんかグロいグロい。彼女の顔にも紫やピンクや水色の粘液が付着してベトベトだ。サイケデリックガールだね。
　彼女の右脚は地面に固定されていた。どうやって？　そう、あたしの飴で。さっき投げつけると同時に溶けた状態のやつも地面に撒いておいたんだけど、そこにまんまと脚を突っ込んだまま気付かずに冷えて固まって捕獲完了、ということ。我ながら上手いこといったねー。さ、学校行こ。

「ちょっとーー！！」

　彼女の悲しい声が冬の街に響く。ざまあみろ。
　……でも、やはり少しだけ胸が痛い。思えばあたしの人生はこうやって面倒ごとから逃げ続けてる人生だ。まだあたしは殻に閉じこもっていたい。まだ。それでいい。

　＊

「　　　　　　　　　　　　」

　で。
　学校の中は安息の地。何事にも干渉されない孤独の時間。帰るまでは顔を合わせなくて済む。と、思ってたのに。
　なぜか居るんです。学校の中に。しかも同じクラスに。そのポップでキュートなお菓子系アンドロイドとやらが。悪い冗談のようだけどホントの話。どれだけあたしにつきまとう。ストーカーか。どこに訴えればいいのか。とにかく突然の転校生、という設定で強引に潜り込んできたようだ。何をどう根回しすれば実現できるのか知らないが上手い事潜入してきたものだ。お菓子系アンドロイド侮り駄菓子もとい侮りがたし。

「　　　　　　　　　　　！」

　その結果変わったこと。まず休み時間に話しかけてくる相手というものが約七年ぶりにあたしの人生に出現した。鉄壁の殻で一般人相手にはシャットアウトできる気配もアンドロイド避けにはならないらしい。平気で話しかけてくる。いや、何やら話しかけてきている様子が伺える。もちろん聞こえないけど。できれば静かにしてほしいんですけど。

「　　　　　　　　　　！！」

　教室の一番後ろ、一番窓側に座るあたし。その前であたしを、正確にいうとあたしの周りを囲む殻をぺったぺったと触りながら眉を釣り上げて何やらまくし立てている映像だけが見える。傍目にはパントマイムがめっちゃ上手な子に映っているだろう。ぺったぺったと掌が。

「　　　　　　　　　！！！」

　業を煮やした彼女は突然あたしの胸のあたりをまさぐってきた。でも残念それもカラメルです。鉄壁ブラ装着済みです。さぞ固かろう。
　まあでもそろそろ可哀想になってきたので深い慈悲の心で少しくらいは相手をしてあげようか。あたしは装着していたイヤホンを外すのと同じように、まあ本質的にはそれと全く同じ行為なんだけど、殻を変形させて遮音フィルターをオフにして外界の音声が聞こえるようにする。もっと直接的に言うと小さな穴をいくつも開けるのだ。小さな穴。ちなみに、この行為をあたしは『面会』と名付けたのだけど。面会。ほら伝わったでしょ？　あれ。あのイメージ。

「お話ししてよ！　もう！　殻に閉じこもってないでさ！」

　彼女の無駄に明るい声と屈託のない笑顔が降りかかる。殻への閉じこもりっぷりで言えば間違いなく日本一であろうあたしに降りかかる。
　さすがに教室の中では物理的に叩き割るなどといった乱暴な真似もしないしあのコンペイくんと名付けた物騒な武器も持っていない。そういうルールらしい。じゃあ彼女は何のためにこの教室にいるのだろう。監視するためだろうか。あたしの弱点を探るためだろうか。それとも本当にお話ししたいだけなのか。いやいや。……いやいや。
　余計なことは考えるな。あたしは遮音フィルターをＭＡＸにして声をシャットアウトする。ドアをノックするようなパントマイムが披露されているが気にせず目を閉じる。これ以上ペースを乱されるのは非常に癪だ。あたしはこれからも世間に干渉せず干渉されず地味におとなしく学生生活を過ごし、静かに卒業していくのだ。それが、一番楽。のはずなのに。
　高校生活もずっとそうするつもりだったのに。

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