jelly-beans

🍬4 その涙はきっと何よりも甘くて

　🍬 KURUMI part 🍬

「……お菓子は、食べる人を笑顔にする。そこに一番の価値がある」
「お菓子があるところに、笑顔がある。幸せがある」
「でもキミには、笑顔がない。楽しそうな感じが全くしない」
「だから、多分間違ってる」
「その能力の使い方は、間違ってる」
「聞きたくないものも、たくさんあると思う。それはわかる」
「でも、全てに耳を塞ぐのは、良くないこと」
「聞いてほしい。同じ時代に生きてるみんなの声を聞いてほしい」

「だから」

「あたしは全力で、その能力の邪魔をする」

　＊

　…………。

　朝会うたびに。
　夕方会うたびに。
　彼女はこんなことを言ってくる。

　武器を振りかざしながら。
　真っ直ぐあたしの目を見つめながら。
　彼女はこんなことを言ってくる。

　そんな言葉をあたしは、
　首を横に振りながら聞いていた。
　でも実はその言葉は、
　ボディブローのように効いていた。

　＊

　もう何ラウンド目になるのか。ある晴れた冬の日。帰り道はいつものように大忙しで、師走とはよく言ったもので。でもお菓子で出来たアンドロイドとの戦いに日々明け暮れて忙しい人は多分いないだろうなあ。希少だな。希少糖くらい希少だな。
　そのアンドロイドは今日も飽きずにフレイルを振りかざす。あたしの殻を破りたいんだと。あたしを救いたいんだと。それを何度も繰り返す。余計なお世話。聞きたくない。聞きたくないはずなのに。遮断しようと思えばできるはずなのに。振り降ろされた｜星球《コンペイトウ》を避けながらあたしは考える。どうして聞こえているんだろうね？　ねえ。この子の声は、どうして聞こえているんだろうね。それに気づいた自分自身が腹立たしい。心を動かされてる感にすごくイライラする。ずっと閉じこもっていたいのに。それが一番いいと思っていたのに。

　あたしはいつものごとく巨大べっこう飴を次々と製造しては投げつけていく。あたしにとって最も有効な攻撃手段だからだ。彼女はそれをフレイルの柄の部分で器用にはたき落とす。傍から見ると女子テニス部かなんかの練習風景に見えて微笑ましいかもしれない。青春の一ページだ。だけどあたしは彼女にインターハイに出場して欲しいわけではないので巧妙な罠を仕掛ける。スポーツマンシップに則りとか知ったこっちゃない。今投げたべっこう飴が罠でこれには糸をくっつけたままにしてある。彼女を目指し真っ直ぐ飛んだべっこう飴は彼女に到達する直前に糸がピンと張られ停止した。打ち返そうとした彼女は思い切り空振りし体勢を崩す。よし来た今が絶好のチャンスだ。あたしが渾身の力を込めて投げた巨大べっこう飴は、真っ直ぐに彼女の左ふとももに吸い込まれていきぶつかって大きな音を立てた。あわれ彼女の左脚はカラフルなゼリービーンズとなってもろくも弾け飛ん――だりはしなかった。あれ？

「へへーん！　こっちもキャラメルコーティング実装済みですー！　そう簡単に壊れないんですー！　強度の上では互角ですー！」

　何あの得意げな顔。ドヤ顔。自分の弱点を克服して来たか。それをアピールできる時が来たのがそんなに嬉しいか。

「ママに頼んで実装してもらったんですー！　今日からあたしは三秀園・キャラメリゼ・ショコラですー！」

　すっげえ楽しそう。

「あ、でも。キミと闘うためだけにつけたオプションだからね！　キミに勝ったらもう必要ないもんだからね！　一生まとっていこうとかそんなこと考えてないからね！　キミと一緒にしないでね！」

　今度はツンデレ風ですか。サービス精神旺盛だなとか思う。
　しかしべっこう飴ぶつけて破壊作戦が通用しないという事はどういう作戦を取ればいいのだろう。逃げ続けるだけもなんだか癪だしもう一泡も二泡も吹かせたい。ちょっと現状を打破する手段を探ってみようか。あたしはあえて彼女の懐に素早く潜り込む。ここ数日でかなり動作が機敏になったと思う。やればできるもんだな。彼女が振り上げた右手首をがっしと掴んであたしと彼女は睨み合う。かなり近い。ポッキーゲームでも始まりそうな至近距離。続けて攻撃しようと思っていたはずのあたしはその整った顔立ちに思わずうっとりして手が止まる。違うそんなつもりじゃないのに。顔が紅潮したのが自分でもわかってなんだか悔しい。手元にポッキーはないけどべっこう飴ゲームでも始めてみたくなった。それは単なる飴玉の口移しか。なな何言ってんだあたし。

「えいっ！」

　とか考えている間にあたしの手は強い力で振り払われた。少し体勢を崩したあたしはとっさに後ろに跳んで距離を取る。それを見越していた彼女も同時に密着するように跳んだ後、左脚を軸として華麗に一回転しあたしを蹴り上げてきた。後ろ回し蹴り、とかいうやつだ。確か。あたしは慌てて右腕を差し出して庇う。ミシッ、という音がしたのはあたしの右腕に張った殻なのか彼女の右脚なのか。お互いに鋭い形相で再び睨み合う。少し視線を下に移すとパンツが丸見えですごく良いんだけどそれどころじゃない。白だけど。

　＊

　矢継ぎ早に繰り出される攻撃をかわしながらあたしは考える。

　あたしはずっと独りで生きてきた。独りが一番いいと思っていた。人との繋がりを嫌い、便利な殻をその身にまとった。
　そんなあたしの前に、彼女は突然現れた。あたしのやってることは間違っている、彼女はそう断言した。

　実際、この不思議な関係はいつまで続くのだろう。
　きっと、あたしが意地を張っている間はずっと続くのだろう。
　あたしがほんの少しだけ大人になれば、すぐに終止符が打たれる。
　そして多分、そのきっかけが一番欲しかったのは……誰でもない、あたしなのだ。

　殻に閉じこもって守ってきた自尊心は、他の子たちとは違うと思っていた虚栄心は、果たして後生大事にまとい続けるべきものだったのか。
　本当はちっぽけなものじゃなかったのか。
　実は壊して欲しかったんじゃなかったのか。
　特殊な能力に頼らなくたって生きていける。そう言って欲しかったんじゃなかったのか。

　彼女の声を、もっと聞きたい。
　悪意も打算もない、不純物のない、真っ直ぐな声を。

　もっとこのままがいい。大人になりたくない。
　あたしの安息の地を脅かさないで。

　お願いです。壊してください。
　あたしの殻を壊してください。

　すべての声に耳を塞ぎたい。
　自分の声が届いて欲しい。

　クラクラするあたしの殻に幾度もフレイルが叩き込まれる。
　亀裂がまた一つ増えて広がる。
　あたしはなぜか泣いていた。悲しいのか嬉しいのかもうわからない。本心がどこにあるのかもうぐちゃぐちゃだ。ただあたしは泣き続けた。立ち尽くすだけのあたし。

　そして。
　振り下ろされた星球がついにあたしの殻を粉々に砕いた。カラメルの破片がパラパラと剥がれ地面に降り注いでいく。その勢いのままあたしの顔に向かってきたはずの星球は、……綿菓子のような優しさで、これ以上ない優しさで、あたしの頬をそっと撫で、ふわりと消えた。

　彼女はあたしを抱きしめた。　
　初めてあたしの鼻をくすぐる彼女の香り。それはとてもとても甘くて幸せな香り。こんな幸せな香りを、あたしは自分から拒絶していたんだ。

　やがて。
　あたしと彼女を遮るものは。
　あたしを世間から隔離していたものは。
　すべて、地面に落ちて溶けた。

　……ほんとに、壊されちゃったね。

「あたしに不可能はないのよ」

　作り直すのは、まあ簡単なんだけど。

「そしたら、また壊しにくるよ」

　うん。……だから、このままでいようかと思う。

「その方が、絶対いいよ」

　そうだね、と二人は笑う。ずっと、ずっと。

　＊

「……あそこのたい焼きはね、白玉入りあずきがオススメなんだ。あの食感がもう……」

　親友と会話しながらの登校。
　一見、当たり前の光景。確かにどこにでもよくある光景。でも、あたしにとってはそうじゃない。何もかも、遠い昔に忘れてきたもの。自ら手放したはずのもの。

　あたしは今日も殻を纏わない。すべての声よ、すべての空気よ。直接あたしに届け。
　おはよう、と隣をクラスメイトが通り過ぎていく。少しずつだけど挨拶を交わす相手も増えてきた。ああ、この子ってこんな声してたんだ。

「みんな仲良くしてくれて良かったねー。あれだよー、お菓子配ったからだよー。お菓子があるとみんな幸せになれるんだ」

　親友は屈託のない笑顔で笑う。
　こいつの声は、血が通ってないクセに、深く考えてないクセに、妙に心に響く。
　聞きたかったのは、こんな声だ。
　あたしは数年分のビハインドを取り戻すかのようにつられて笑う。

　親友の声が冬の風に乗ってあたりに広がる。それはとても甘く、温かく、心地良い。
　確かにこの街の空気は、他の街より少しだけ、糖度が高いかもしれない。

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