jelly-beans

🍨1 薫オーバーラン

　🍩 CHOCOLAT part 🍩

　あたしには空飛ぶ機能はいりません。
　ロケットエンジンみたいなのは燃費悪そうだし。
　気球みたいなのは行き先選べないのが悔しいし。
　地に足着いてる方が楽しいよ。

　＊

　🍨 KAORU part 🍨

　あたしは空を飛べる。

　人類史上、これに勝るセールスポイントが他にあるだろうか。なんせ空が飛べるのである。人類が夢見てやまない特殊能力（スペシャルアビリティ）である。しかもあろうことか、あたしは何を隠そう女子高生である。ただでさえ女子高生な上に空まで飛べるのだ。この三年間に関しては向かうところ敵なしであり何が相手でも全く負ける気がしない。唯一いい勝負ができる相手といえば時間移動（タイムリープ）ができる女子高生くらいだろうか。実在するなら、の話だが。

　さて、あたしを含め人類は昔から空に憧れてきた。空を飛びたいという願望はそれはそれは大きなものだ。ただし、だからと言って生まれ変わったら鳥になりたいなどと安直に言う人にはあたしはとうてい同意できない。むしろ軽蔑の対象だ。鳥はただ飛びたいと言う願望を叶えるために前脚も腕も捨てて何億年もかけて今の最適と思われる姿に進化する努力を続けて来たのだ。なんという健気な努力。なんという生命の神秘。それを生まれ変わったら鳥になりたいだとかひょいっと行列に横入りするようなオイシイところだけ持っていくような安易な考えはあたしは大嫌いだ。本気で飛びたいなら今から努力すべきだ。今から進化すべきだ。そう、あたしのように。

　あたしは空を飛べる。

　それは小さな頃からある感覚。ずっと胸の奥でブレずにある感覚。
　それまであたしはずっと夢を見ていた。身体がふわりと宙に浮く感覚。すぅっと持ち上げられるような感覚。どちらが上か下かも曖昧になってくるりと回転する感覚。大海に浮かぶ小舟のようにそれ以上浮きもせず沈みもせずいるべき位置にとどまる感覚。
　いつも目が覚めた時に思う。この感覚が現実でないことのほうがむしろ不自然だ。こんなに明確に身体は覚えているのに。こんなに上手に航行（オペレーション）できているのに。それがずっと悔しかった。

　ところが、ある出来事がきっかけでこの不思議な感覚が形になった。一瞬だけ、自分のものに出来た。小学校四年生の時だ。忘れもしないあの日のことだ。

　それからあたしはその特殊能力を自分の意思で常時発動できるよう本格的な特訓へと乗り出した。模擬訓練（シミュレーション）はもう数えきれぬほど成功しているのだ。本番でも一度成功している。同じことを繰り返すだけだ。そのうちにすぅっと身体を軽くする感覚を掴むことができた。実際に体重計に乗りながら実行したところ確かにその重力の束縛を示す数値はみるみる小さくなった。その時の感動をあたしは忘れない。それこそまさに天にも昇る心地と言って良いだろう。言わせてほしい。それからもあたしは努力を怠ることなく鍛錬を積み創意工夫を重ね一つの境地に達した。あたしは声高らかに宣言する。
　あたしは空を飛べる。

　＊

　あたしの体は空気と共にある。
　例えるなら、オーバーラン。
　ふわっふわのホイップクリーム。

　＊

　それでは計算してみよう。メモと鉛筆をご用意ください。

　あたしの身長１５５センチメートル、体重４６キログラム。いずれも高校二年生の平均をやや下回る。
　それから、女子高生の身体の６０％は水分らしい。ちなみに赤ん坊の頃は８０％くらいあるけど大人になるにつれ減っていったりだとか、脂肪量の関係で男より女の方が水分が少ないとかあるらしいんだけど。とりあえず『通常時』のあたしの場合は６０％が水分だ。
　すなわち、『通常時』のあたしの体重のうち４６キログラム×６０％＝２７．６キログラムは水であり、残りが皮や骨だったりするわけだ。ここまではいいよね。

　次にオーバーランの話をする。
　『オーバーラン』とは、クリームなどに含まれる空気の割合のことを言う。また、撹拌（かくはん）して空気を含ませる行為のことを指す。このオーバーランは食材の舌触りに密接な影響を与えており、濃厚な味わいを売りにしたアイスクリームで２０％から３０％くらい、口どけを売りにしたアイスクリームでも８０％から１００％くらいであるらしい。
　さて。もし、１００％を超えるオーバーランの食材があるなら、それはあまりに儚くて、きっと宙に浮かんでもおかしくないくらいの軽さであろう。あ、言いたいことわかってきた？　もうちょっと待ってね。

　ではここから本題。あたしの中の水分を全部空気に入れ替えたとする。やり方なんか聞かないでよ。前述の特訓の成果なんだから。出来ちゃうんだから良いんだって。さてそうした場合、あたしの６０％が空気に変わるわけなので……はい。
　重量１８．４キログラム、オーバーラン１５０％の女子高生が出来上がる。

　だからあたしは空を飛べる。証明終わり（Ｑ．Ｅ．Ｄ．）。

　＊

　あたしの体は空気と共にある。
　例えるなら、オーバーラン。
　ふわっふわのホイップクリーム。

　＊

　まあ言葉での説明は非常に難しい。理論は今ほど挙げた通りだが伝わるかどうかは同じ感覚を共有したものでないと困難だとは思う。まさに雲を掴むような話だと言って良い。雲を掴む感覚を本気で実感したいと思う者にしか通じないであろう。なのでこれ以上説明しようがない。ただ自分の身体が撹拌（オーバーラン）され空気と混ざっていくあの感覚は本当に筆舌に尽くしがたい快楽である。絶頂とはまさにこのことを指すのだと思う。あたしも大人になればもっと違った快楽を実感する日が来るのだろうか。どうなんだろう。これを超える快楽が存在するとはとても思えないけど。

　……というわけで、長々と説明してきたけどさ。
　何が言いたかったかというとさ。

　あたしが校舎の屋上にいても、さらに手すりの向こう側にいても、別に危険なことなどないんだよ？　ということ。
　だって、空を飛べるんだから。

　あなたの方こそ大丈夫なの？　顔が青いよ。脚もガクガク震えてるし。あんまり無理して近づいてこなくてもいいよ？　……え？　助ける？　だから、あたしは大丈夫なんだって。落ちないんだから。聞いてた？
　ところでさ。あたしって、気配を完全に消せるんだけど。うん、それもあたしの特殊能力。だから、何で貴方があたしに気付いたのか疑問なんだけど。え？　お菓子系アンドロイド？　……ふーん、この街にはいろんな人がいるんだね。
　……しょうがないな。じゃ、特別に見せてあげようか。空気を操る女子高生。薫オーバーラン。あ、薫ってあたしの名前なんだけど。

　もう一回言うよ。
　あたしは、空を飛べる！

　あたしは勢いよく地面を蹴って空へと飛び出した。

　ふわりと宙に浮く感覚。やっぱり最高！
　見下ろすと、さっきの女の子が口をあんぐり開けてあたしを見上げている。
　あたしと同じ制服に身を包んだ、綺麗な水色のロングヘアーの子。あととっても甘い匂いがしたな。あんな子、同じ学校にいたっけ？　今度会ったら、名前くらいは聞いてみようか。

　天気は良好、風は微風。グッドコンディションだね。

　あたしは、この街の風に乗る。

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