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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#キックオフ《決起集会》

「……えと、トラッカー、近接戦闘。タイトル、ゴブリンの群れを食い止める……で、いいかな。説明、……」

 チケットの書き方にはコツがある。
 誰にでも意図が正確に伝わるよう、やるべき事を簡潔に明記すること。
 達成条件が曖昧なチケットはそもそも発行しないこと。
 |魔力《リソース》のことも考慮して、無茶な指示は出さないこと。

 これら先人の知恵を念頭に置きつつ、スーツ姿の彼女――|藤倉紅子《ふじくらこうこ》は次々とチケットを発行していく。
 具体的には、手元の端末に向かって音声入力で指示を出しているのだ。それが、空中に投影されたディスプレイの中で文字へと変換され、『プロジェクト』『トラッカー』『題名』といった項目が並ぶフォームに入力されていく。
 その光景は、近未来の|システムエンジニア《SE》とでも言えようか。明るいグレーのスーツに身を包んだ紅子の姿は、まだ初々しさも残るものの、何となく仕事が出来るんですよ私、的な雰囲気を醸し出している。

「はい、チケット発行!」

 紅子の声を合図に、一匹の魔物が出現した。
 大きさは人間の子供くらい。近接戦闘に特化している――少なくともシステムがそう判断した――その魔物は、棍棒を片手によたよたとした足取りで、前方から接近するゴブリンの群れに向かっていく。何となく頼りないような気もする、と紅子は思ったが、|割当《アサイン》されたタスクの難易度に応じて自動で選定された魔物なのだ。だから……多分、大丈夫だろう。そっちは任せておこう。

 しかしなー、と紅子はしみじみと思う。まさか自分の号令で魔物が出現する日が来るとは。確かに、魔法や魔物といった存在はテレビゲームなんかで馴染みはあるし、自分でもファンタジーを舞台にした物語を書いたりしたこともあるけど。学生の頃。それが、こんな直接的に関わることになるとはなー。そう言えば、あの原稿今どこにあるんだろう。実家の押入れだろうか。もし帰省できる日が来たなら、ちょっと探してみようかな……

 そこまで考えて、紅子は慌てて首を振る。いやいや、今は戦闘中だ。目の前の|仕事《プロジェクト》に集中しよう。戦況を確認しないと。

「|活動《アクティビティ》」

 紅子は画面表示を切り替えて、|魔族《メンバー》全員の活動状態を確認する。現在活動中の魔族は……全部で25体。まだまだ大丈夫、と紅子は安心する。自分のマネジメント力の面でも、アイツの魔力の面でも、十分に余裕がある。
 さて、火を噴いてるようなところはないか。あったら、そこに魔力を集中させて……

「紅子ー、今どんな感じなのか報告しなさいよー」

 と、後ろから聞こえてきた暢気な声に、紅子は多少の苛立ちを覚えつつ振り返る。
 そこに居るのは、アウトドア用の折り畳みチェアーに腰を下ろし、ストローでジュースを飲む少女。小柄であどけなさすら残るその姿は、ぱっと見はただの女子高生か女子中学生といったところだ。
 全身が黒や濃い紫色の系統でまとめられた、ブレザー系の制服によく似た衣服。ウェーブのかかった明るい栗色の髪。
 ……闇属性の学生アイドル。彼女に初めて会った日の、紅子の第一印象はそれだった。

「うっさいわねレヴィ! |Redmine《レッドマイン》の画面見たらだいたいわかるでしょ!」

 彼女の名前はレヴィ。細かいことはさておき、今の紅子の|仕事相手《パートナー》である。他には、構築対象とかメンテナンス対象とか、そんな言い方も出来るのだが……

「もーわかんないから聞いてんのにー! 何よこの画面! ワケわかんないんですけど! ひとことで説明してよー!」
「ひとことで|戦闘《プロジェクト》が語れるわけないでしょ! そっちも学びなさいよ! 現場に歩み寄りなさいよ!」
「そこを、こうイイ感じに上手に|上司《うえ》に報告するのが、|プロジェクトマネージャー《PM》とか言うのの仕事なんじゃないの?」
「PMは現場の方も見なきゃいけないの! 上司にばっかり構ってるヒマない……というか、そもそもアンタ上司じゃないし、それに……」

 短い警告音が鳴り、紅子は再びディスプレイの方へ向き直る。ある一枚のチケットのステータスが、『|進行中《Assigned》』から『|継続不可能《Rejected》』へと変化した。インシデント発生だ。

「あー……ちょっとレヴィ、アンタに構ってるうちに欠員出ちゃったじゃないの! もっと頑丈なの連れて来なさいよ!」
「紅子の|魔物《ヒト》使いが荒いのよ! こっちだって魔力すり減らしてがんばってるんだから! ……で、|戦闘《プロジェクト》に支障は?」
「まったく余裕よ! この程度のリスクは想定内ですからね!」

 紅子は素早くチケットを作成し、魔物を|割当《アサイン》し直す。うん、大丈夫。さっきの魔物には悪いが、計画には何の影響もなし。

「ところでさー」

 闇属性の制服アイドルは紅子に再び声をかける。

「今度は何なの? レヴィ。現場の人間は忙しいんですけど」
「アレ、気になってんだけどさ。いつ頃できあがんの?」

 レヴィが指差す方向を見た紅子の頬がゆるむ。

「おー、いい所に目を付けたね。その調子で現場にもっと目を向けてね」
「何よ、それー」

 そうだそうだ。魔法特化型の魔物、通称魔道士A(仮名)に作らせていた魔法が形になってきたようだ。頬を膨らませてむくれるレヴィの機嫌より、そっちの方が大事だ。詳しい進捗を見てみようか。

「ガントチャート!」

 紅子の声とともに、画面表示がガントチャートに切り替わる。あのタスクは……進捗率、90パーセント。このまま行けば4秒後に出荷準備完了だ。

 しかしなー、と紅子はまた考えに浸る。タスク管理と同時にガントチャートが出来上がってるなんて、ホントに魅力的なシステムだ。エクセルでガントチャートを手作業でちまちま作らされていた頃の悪夢を思いだし、紅子は身震いする。ホント、あの苦行は何の為だったのか……いやいや、また思考が脱線した。
 などと考えているうちに、チケットのステータスが『|作業完了《Resolved》』へと変化する。まさにスケジュール通りだね。グッジョブ、魔道士A(仮名)!
 そう心で感謝しながら、紅子は彼が完成させた魔法を素早くレビューする。……よし、品質も文句なし。自信を持ってステータスを『|終了《Closed》』へと変化させる。同時に、チケットを担当していた魔道士A《仮名》の姿が煙のように消えていった。
 任務おつかれさま。あなたのことは忘れないよ。それじゃ、お披露目といきますか。

「|納品《リリース》!」

 満を持して飛んでいく巨大な火球。

「本日のメインの|成果物《プロダクト》よ! そこそこ工数かかってるからね!」

 そう得意げに叫ぶ紅子の声をかき消して、魔物の群れの中心で起こる大爆発。なかなか派手なプレスリリースになったようだ。
 戦況は、もう大勢が決した。敵のほとんどは吹っ飛んだだろうか。生き残った敵も散り散りになって逃げていく。

 ふと横を見ると、レヴィが隣に立っていた。口元に笑みを浮かべ、紅子を見上げている。
 紅子は無言で、彼女とハイタッチを交わす。

 *

 技術者として。開発者として。
 プロジェクトの参加者として、責任者として。
 プログラマーとして。システムエンジニアとして。プロジェクトマネージャーとして。
 もっとも嬉しい瞬間とは、どんな時だろう。

 製品が無事完成した時。納品できた時。正常に動作した時。顧客に満足してもらえた時。
 もちろん、全て大切なことだ。その為に、技術を磨き、勉強し、議論を重ね、時には夜中まで、私たちは全力を尽くす。
 今までも、それらを念頭にやってきた。

 だけど、あるきっかけでこの世界に来たことで、もっと大事な事に気がついた。
 共に戦う仲間と分かり合えた時。心が通じ合えた時。
 かけがえのないパートナーだと、お互いが認め合えた時。
 最も大事にすべき瞬間とは、最も価値のある瞬間とは。そういう時だと、私は思うのだ。

 ……藤倉紅子。職業、元SE。
 なぜか今、異世界にいます。
 異世界で、Redmine使って、プロジェクトマネジメントやってます。
 仕事相手は、魔族です。なぜか。