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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#5 ルールを確認します(1)

「レヴィ様! お怪我はありませんか? 転んだ拍子に尖った岩が眉間にざっくり刺さったりしてませんか?」
「……いや、別に……」
「手足の腱という腱が切れたりしていませんか?」
「……期待を裏切るようで悪いけど、まるっきり無事よ。ジェミィ」

 新たに近づいてきた、このジェミィと呼ばれた人物は……えらく和風な恰好してるな。旅館の女将さんかな。でも旅館の女将さんは薙刀とか持ってないよな……薙刀術の選手か。いや、そういう特殊な旅館ということも……

「それはなによりです……ところで、レヴィ様」

 ジェミィは踵を返し、紅子を睨みつける。

「こちらの方は、ご客人ですか? 賊の一味ですか?」
「少なくとも、あたしは招待した覚えはないわ」
「じゃあ、賊ですね。叩き斬りましょう」

 と、ジェミィは手にした薙刀の切っ先を紅子に向ける。まずい。さっきの想像がバレたのだろうか……紅子は慌てて阻止しようとする。とにかく斬られるのは困る。

「ちょ、ちょっとちょっと。ごめんなさい。謝ります」

「だから、さっきから退治しようとしてるんだけどさー。この|魔物《こ》たち、なかなかあたしの言うこと聞いてくんないのよー」
「お言葉ですが、レヴィ様。指示は明確に行いませんと」

「……あのー、聞いてます……?」

「明確な指示って言ってもねー。案外ムズカシイのよね」
「ですから、低級魔族の知能でもわかるように、できる限り簡単な命令にしませんと」
「んー、そのつもりなんだけどなー」

 ……どうやら、部下? である魔族への指示命令の方法について議論しているようだが……

「ちなみに、何とお書きになったのですか?」
「あっ」

 ジェミィはレヴィが持つ小型の端末のようなものを素早く取り上げ、画面を覗き込む。

「えー、『矮小なる羽虫は闇を纏う刃により奈落の露と消える』……」
「…………」
「……この、ちょっと痛いポエムのようなものは、……ひょっとして、魔族への指示でしょうか……」
「…………」
「……明確な指示、とは一体何なのでしょう……」
「…………」
「……こんなこと、言われた側もどうしろと」
「うっさい! うっさい! もう!」

 ギャーギャー騒ぐ二人を横目に、紅子は考える。

 昔から、先入観や固定観念で動くのは嫌いだった。噂や押し付けの常識を受け入れるのは嫌いだった。その代わり、自分の目で見たもの、自分の手で触ったものを信じ、理論的に組み上げて結論を出す。子供の頃から紅子はずっとそうだった。昔から培ってきた紅子の思考回路は、こんな不測の事態においても冷静に機能していた。

 どうやら。この世界は、私の住んでいる二十一世紀の日本ではないらしい。
 どうやら。この世界は、魔物や魔法といった、いわゆるファンタジー的な要素が現実に存在する世界であるらしい。
 どうやら。魔法の世界とはいえ、その発動においては明確なルールがあるらしい。
 どうやら。あのレヴィと呼ばれる少女は、魔物達を操れる立場にあるらしい。
 どうやら。魔物達に命令するためには、専用の|端末《コンソール》を用いて、指示を明確に書き込む必要があるらしい。

 現時点でわかるのはこれくらいか。
 しかし。魔物への指示の方法については、現役SEとしては大いに興味がある。書き方はともかく、あれは一種の『作業指示書』というものではないか? この世界の魔物は、指示書によって動くのだろうか? それって、まるで……

「……ですから、もっとストレートな指示を出された方がよろしいかと」
「たとえば?」
「たとえば、『あの女の心臓を食い破れ』ですとか」
「え! そそそそんな怖いこと言えるわけないでしょ! なによそれ!」
「あとは『あの女のくるぶしを叩き割れ』ですとか」
「やめて! 痛い痛い! 悪魔!」

 レヴィが耳を押さえてうずくまる。短いスカートの裾がわずかに地面を撫でる。

「……あのさ、そろそろこっちの言い分も言わせてもらっていいかしら?」

 会話に割り込むなら今がチャンスだ。そう考えた紅子はジェミィに話しかける。