Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]
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ページをめくる手を止めて顔を上げた紅子は、大きな大きな伸びをする。古ぼけた椅子の背がきりきりと音を立てて|軋《きし》む。
レヴィの住む屋敷へやって来た紅子は、まず書物庫に案内してもらった。カビ臭い空気の中で、紅子は片っ端から書物に目を通していく。
何せこれから紅子は、|Redmine《レッドマイン》の使い方を学び、この世界の仕組みを学び、頼りなき若き魔族の女の子が率いる一団をマネジメントしなければならないのだ。
せめて仕様書や引継ぎ資料があればなー、と紅子は思ったが、考えればそんなものが存在するプロジェクトは今までも皆無だった。そっか、今までと条件は一緒か。
そう言うわけで紅子は、この部屋の書物に書かれた情報や、ジェミィから聞いた話などを組み合わせ、この世界を理解しようと頭を悩ませている。
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レヴィ達が住むこの屋敷は、それほど広くないある島の中に存在するらしい。そして、この島の世界観は、紅子がよく知るいわゆる『ファンタジー小説』の舞台に非常に似通っている。中世ヨーロッパに近い文明と、魔法や魔物等の超自然が同居する世界。小さな頃からそういった話が好きだった紅子は、特に違和感なく理解することができた。
さらに細部に目を向けてみよう。この島には、いわゆる人間とは別に『魔族』と呼ばれる種族が存在する。レヴィもジェミィも魔族の一員だ。人間と見分けがつかないような者もいれば、いかにも魔物といった外見のものまで、多様な種類に分かれる。総じて、大なり小なり人間にはない特殊な能力を持つらしい。
さて、この島の大半は、魔族が住む土地だそうだ。ただしこれは、魔物が人間を支配しているというわけではなく、単純に個体数の問題であるらしい。人間はこの島の一角で、特に魔物に怯えることもなく、おおむね平和的に共存している。
残りの魔族の住む土地のうち、さらにその大半は、ある国によって支配されている。それが、『|緑の格子盤《グリーンボード》』と呼ばれる国だ。強大な力を誇るその国は、潤沢な魔力を持つ魔族の王が率いている。周辺国からは、畏怖を込めて〈翠玉女帝〉と呼ばれているそうだ。
その国の力の源はそれだけではない。魔力を用いた高い技術力も有している。例えば、『緑の格子盤』の領土全域に張り巡らされている『魔力通信網』と呼ばれるもの。紅子の世界で言うところのインターネットみたいなものだ。この技術は国境警備などに大いに活用されており、高い軍事力の礎となっている。
この技術の発展に〈翠玉女帝〉とともに大きく貢献したのが、レヴィの母――レイラである。彼女も〈翠玉女帝〉に匹敵するほどの強大な魔力を持っており、『緑の格子盤』ではかなり重要なポストにいたらしい。
しかしレイラは、『緑の格子盤』の考え方に反発し、反旗を翻すことになる。
ある時、さらなる魔法の力を求めて訪れた異世界――いわゆる紅子が住む世界――で、レイラはいろんなIT技術やソフトウェアに触れ、大きな感銘を受けた。そこで|プログラマー《PG》や|システムエンジニア《SE》としての技術を身に付け、自分の魔力と融合させることに成功した。それを元に、国が抱える問題点を改善できるシステムやノウハウを提示したそうだ。
ところが、『緑の格子盤』はその提案を聞き入れなかった。先進的すぎて理解ができなかったのかも知れない。
失望したレイラは、志を同じくする者と共に『緑の格子盤』を去り、新たな一団を設立する。
……要は、旧態依然とした社風に嫌気がさして独立したってことね。わかる。わかるよレヴィのお母さん。以前、改善策を提案した時に、露骨に面倒そうな顔をした先輩SEのことが紅子の脳裏に浮かぶ。
その後レイラは、自分の身体にRedmineをセットアップし、さらに強力な魔力通信網を構築することで、小国ながら『緑の格子盤』と対等に渡り合えるほどの力をつける。いつしかその一団も、中心となるシステムの名前から『|紅の宝庫《レッドマイン》』と呼ばれることになる。それからしばらく『紅の宝庫』は、『緑の格子盤』の抵抗勢力として存在していたのだが……ある日レイラが突然失踪してしまう。残された一団を、レイラの娘であるレヴィや、ジェミィ達を中心に切り盛りしていた、ということらしい。
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うん。私が置かれた状況は何となくわかってきた。紅子は頷く。
つまりは、レヴィがこの一団の当主であり、言い換えれば一団の運営というプロジェクトのオーナーである。紅子はそのプロジェクト運営を一任された|プロジェクトマネージャー《PM》ということだ。
国や軍隊のマネジメントなど、一介のSEに出来るはずもない。しかし……ここにはレイラが残したRedmineがある。レヴィへと引き継がれたRedmineの仕組みを理解し、適切に運用すれば、この国を動かすことが出来るのだろう。……そう信じるしかない。
となると、最初にやるべき事は、『プロジェクト』の作成か。目標や作業範囲を明確にしなくっちゃ。
そのためには……オーナーと打ち合わせ、だね。
紅子は立ち上がると、レヴィの元へ向かった。