redmine-fantasy

Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#13 チケットを発行します

「んじゃ、さっそくチケットを発行してみますかね」
「あー、それそれ。その『チケット』なんだけどさ」

 棒のついた飴玉を咥えたまま、レヴィは口を開く。

「大事なもんだってことは、なんとなくわかるんだけど。具体的に何が出来るのかよくわかんなくて……」

 確かにそれはそうだろう。SE経験のある紅子だからこそ、参考書をざっと読むだけである程度理解できたのだ。レヴィにわかるように説明するにはどうすれば……

「ま、とりあえず。参考書に書いてある説明を読み上げるからね。えーと……

『チケットとは、プロジェクトを遂行するにあたって処理すべき一つのタスクを記入したものです。TODO、作業指示書などと言い換えることもできます。チケットには、作業内容の他に、期日や優先度などの情報を‪登録することができ、それを担当者に‬割り当てます。これをアサインといいます。
 担当者は、割り当てられたチケットに書かれた作業をそれぞれこなしていき、タスクが完了したらチケットのステータスを完了させます……』

 だって」
「……そんな説明であたしが理解できると思う?」
「まったく」

 紅子はこれでもかというくらい勢いよく首を横に振る。

「ちょっとー、あたしにもわかるように説明してよー、その辺も契約に入ってるんだからさー」
「そうだっけ?」

 都合のいいことを……と紅子は思ったが、人に説明することで自分の理解も深まると言うし、もっとうっとうしい|顧客《クライアント》もいた事だし、と考え直し、しばらく考えた後に口を開く。

「例えば、よ。レヴィが部下の魔物に、アレやってコレやってって命令するじゃない」
「うん。よくやる」
「一つや二つならまだいいけど。これが十個、二十個と増えていったらとても覚えきれない」
「そりゃ、メモかなんかとって忘れないようにして……」
「命令する側もそう。何を指示したか、何が終わってて何が進行中なのかを把握する必要がある。そうじゃないと、優先してやって欲しかったタスクが後回しになっていたり、誰も気がつかずに忘れられたりする」
「……あれどうなってる? とか、ちょくちょく聞いたりすれば……」
「部下は一人だけじゃない。何人、何十人、何百人もの部下に指示を出すような大きな組織になればなるほど、進捗管理が大きな意味を持つ。また、特定の人にタスクが偏るのも避けるべき。有能な人ほど多くのタスクを抱えがちになるけどそこがボトルネックになって全体の進捗に悪影響を与えたりもする。命令する側はそれを考慮して適切なタスク配分を……」
「ああ……ごめんなさい」

 レヴィは頭を抱える。

「なんか、組織の長になるって思ったより大変なのね……」
「ま、大変だからこそ、それを補助する仕組みやツールがいくつもあるわけだしさ。Redmineみたいな」

 とは言いつつ、Redmineを開発した人も、まさか魔族の一団の運営に使われるとは思ってなかっただろうな……と紅子は考える。

「細かいことはまた今度説明するけど。こういう問題を解決できる一つの手段が、Redmineのようなチケットシステムってことで。現代……あ、私の元いた世界のことだけど。現代において複数人での共同開発なんかの際には絶大な威力を発揮する、もの、なんだけど……」
「……けど、どうしたの?」
「これが、この世界でどう使われるのかが、よくわかんないのよね……だから、試しにチケットを発行してみようと思ったんだけど」
「あ、ここで最初に戻るわけね……いいよ。今、体調も良いし」
「……体調?」
「うん。チケットを発行すると|魔力《リソース》を消費するんだって……昔お母さんが言ってた。どれくらい使うのかはわかんないけど……」

 なるほど、と紅子は感心する。この世界ではチケット発行に魔力を消費するわけか。私の世界では人件費とかだけど……

「わかった。じゃ、遠慮なくチケット切らせてもらうけど。何がいい?」
「じゃ、世界征服で」
「魔力使い切ってもムリだからやめた方がいいよ」
「んー、じゃあ、オレンジジュースが飲みたい」
「驚くほど難易度が下がったね」

 そう言いつつ、紅子もどうなるのか非常に興味がある。さっそくチケットを発行してみようか。タイトル、『オレンジジュースが飲みたい』……と。じゃあこれで、発行!

「レヴィ様。オレンジジュースをお持ちしました」

 突然の声。見ると、いつの間にかレヴィの背後にジェミィが立っていた。手にしたトレイの上には、オレンジジュースがなみなみと注がれたグラスを乗せて。

「あら、ありがとうジェミィ。気が利くわね」

 それは気が利くとはちょっと違うんだけどな……。でも紅子は感心する。なるほど、Redmineと魔法が融合するとこうなるのか。なかなか便利だな。いや、現代でもネットショッピングなんかはこれに近いことを実現できてたりするしな……あ、それより大事なことを確認しなければ。

「ところでレヴィ。魔力を消費した感、ある?」
「あ、言われてみれば、ちょっとだけ疲れたかも」
「どれくらい?」
「んーと、腕立て伏せ一回ぶん、くらいかな?」

 なるほど。オレンジジュース一杯が腕立て伏せ一回か。リソース計算の目安として覚えておくか。