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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#15 トラッカーを設定します

「……とりあえず、召喚してみようか? 試しに」
「うん。やってみたい」

 敵の襲撃を受けた場合に備え、レヴィの召喚する魔物が果たしてどれくらい戦力として計算できるのか、|プロジェクトマネージャー《PM》としては把握しておく必要があるだろう。出来るだけ早急に。

「じゃ、『戦闘訓練の相手をする』っていうチケットを発行してみるね」
「おっけー」
「えーと、タイトルはそれでいいとして、あとトラッカーは……」
「あ、ねえねえねえ。『トラッカー』って結局なんなの?」

 紅子の端末を覗き込みながらレヴィが質問する。

「どうしたのレヴィ? 急に」
「お母さんも昔よく言ってたの思い出したからさ。トラッカーの設定が結構やっかいだった、とかって」

 言われてみて、それはそうだろうなと紅子は思う。なにしろ、魔族の運営に適したトラッカーなど、元々Redmineに用意されているわけがないのだ。|レイラ《お母さん》も構築にあたってあれこれ考えたに違いない。

「トラッカーっていうのはね……また参考書から引用するけど。

『トラッカーとは、大分類のことです。このトラッカーにより、チケット、すなわち作業内容がどのようなものかを明確にします。 一つのチケットには、必ず一つのトラッカーを指定します。省略することはできません。
 また、トラッカーは、ワークフローの遷移にも密接に関わって……』」

「えっと、つまりは作業の種類ってこと?」
「平たく言うと、そうらしいよ」
「平たく言ってよ、最初から。胸は平たいくせに」

 ……反射的に手が出てしまった。頭を押さえてうずくまるレヴィを横目に紅子は考える。

 |初期値《デフォルト》だと、『バグ』『機能』『サポート』というトラッカーが用意されているようだ。ソフトウェア開発の現場なら、これくらいのシンプルさが運用する上で望ましいのだろう。それ以外のプロジェクトに導入する場合は、その特性に合わせて自由に設定すれば良いが、やたら増やすと収拾がつかなくなるので最小限にすべき……などと参考書には書いてある。確かに、際限なく増やした結果、かえって管理できなくなったプロジェクトも多そうだ。

 さて、レイラの設定したトラッカーを確認してみる。まずは『戦闘』。今回使うべきトラッカーはこれだろう。まさに敵との戦闘時にすべき作業だ。他には、『軍備』なんてのもある。武器の調達とか、かな? あとは……『家事』か。確かにこれも大事だよな。屋敷の掃除とか調理とか……
 うーむ、こうやって見ると本当にゲームっぽい。こんなゲームやったことあるぞ。街を作ったり、天下統一したり……あれも、部下に対してチケットを発行してるようなものだったんだな。そう考えるとわかりやすい。

「……ちょっと紅子、ひどくない?」

 レヴィが頭をさすりながら紅子を睨みつける。うるさい。

「はいはい、チケット発行するよー。まずは、お母さんの設定したトラッカーをそのまま使うわ。今後必要に応じて増やしていく方向で」
「むー、わかった」

 逆鱗に触れたことを感じ取ったのか、レヴィは不本意そうな顔をしながらも渋々頷く。
 紅子は再び手元の端末に視線を移す。では、トラッカーは『戦闘』で。あとは……『担当者』欄を『新規メンバー』に設定する。これで自動的に戦闘に適した魔物が召喚される、はずだ。それから……よし、発行!

 次の瞬間、レヴィの前に、淡い光に包まれた物体……いや、魔物が現れた。
 人の形をしているが、平均的な成人男性よりもさらにひと回りほど大きい。浅黒く固そうな皮膚。手には巨大な棍棒を構えている。この魔物もゲームでよく見るやつだな、と紅子は思った。確か……オーガとか呼ばれてたような。

「……出たね」
「うん…………でも、そこそこ……キツかった。あと暑い」

 レヴィを見ると、胸元をぱたぱたとさせ、肩で息をしていた。その表情は歪んでいる。

「魔力は、どれくらい消費した感じ?」
「んーと…………あの辺まで、ダッシュした、くらい、かな」

 今度はスカートの裾をぱたぱたさせながら、レヴィはもう一方の手でやや離れたところに植えられた庭木を指差す。あそこまでの距離は……大体二十五メートル、というところか。普段から体を鍛えてる人ならともかく、いかにも運動不足に見えるレヴィにはそれなりに辛いかもしれない。……私も人の事言えないけど、と紅子は心の中で付け足す。

 しかし、『ジュース一杯が腕立て伏せ一回分』と比較すると、二十五メートルダッシュ一本分程度の魔力で強そうな魔物が召喚できるのは、考えてみればお得ではと思う……ただし、実はこれは紅子の想定通りだ。
 Redmineがベースになっており、それをレイラが改良したということを考えると、プロジェクトの遂行にプラスになるようなチケットは魔力消費が少なくて済むように出来ているのでは……と紅子は想像していた。結果を見るに、果たしてその通りのようだ。逆に言えば、ジュースを飲むなどと言った、プロジェクトにあんまり関係ないようなチケットには、比較的多くの魔力を必要とするということになる。
 あれだな。業務に必要な資格取得だけは会社から補助が出る、みたいな話だな。そう考えると、世知辛いというか何というか。