redmine-fantasy

Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

This project is maintained by 8novels

#22 白銀の花、白銀の蝶

「キレイな景色だね、ライカ」
「うん? ……ああ、そうだな」

 考え事をしていたライカは、ジーナの言葉でふと我に帰る。正直、ライカには見慣れた、いや見飽きたと言ってもいいような景色ではあるが、まだ幼いジーナの目には物珍しく映るのだろうか……
 いや、違う。険しい表情をしていた私を気遣って話しかけてくれたのだろう。自分も疲れているだろうに、それをなるべく隠して微笑むジーナを見て、心が優しい気持ちで満たされていくのをライカは感じた。苦しい旅路ではあるが、確かに気を張り詰め続けては身体が保たない。ライカは表情を緩め、ジーナが指差す方向に視線を移した。

 島の中程に広がる平野が、ここからは一望できる。どうやらかなり高いところまで登ってきたようだ。ほぼこの島の覇権を手中にした『|緑の格子盤《グリーンボード》』とは言え、山一つ越えればその支配力は比較的弱い。ライカ達が目指しているのは、山の向こうにある南西地方である。

「少し、休憩するか? ジーナ」
「うん」

 ジーナは大きく頷く。彼女の長い銀髪と白いワンピースが、おだやかな陽の光を反射しながら風になびく。その様子を笑顔で見つめながら、ライカは道端の草むらに座り込もうとし……
 次の瞬間、ライカは全速力で走り出した。そのままジーナを抱え上げ、転がり込むように近くの茂みに身を隠す。

「……|地上索敵機《ホリゾンタル・ルックアップ》だ」

 その言葉に、腕の中のジーナも険しい表情に変わる。
『緑の格子盤』が島の各地に放っている、偵察専門の機械魔獣だ。その姿は、『緑の格子盤』在籍中にも逃亡中にも幾度となく見ている。レンガのような形の体の前方に巨大な眼がついており、さらに体の両脇からは脚が2本生えている、という特徴的な姿の機械魔獣が、ライカの胸のあたりの高さを飛行しながら周囲を探索している。攻撃手段は搭載されていないが、魔力通信網を通じて現在地を報告されるのが厄介だ。

 自分とジーナの呼吸が整うのを待って、ライカはジーナにできるだけ穏やかに話しかける。

「大丈夫だ、まだ見つかっていない……ジーナ、|強制帰還《ループバック》を頼む。あと|待機系運用《スイッチオーバー》の準備を」
「はいっ」

 ジーナは真剣な表情で小さく頷くと、目を閉じて精神集中を始めた。
 |強制帰還《ループバック》。敵の魔力通信の宛先を強制的に変更し、通信を遮断することができる能力である。発動させておけば、『緑の格子盤』宛の緊急信号を送信される心配はない。ただし、『緑の格子盤』からの|死活監視《ポーリング》も遮断してしまうため、なるべく早めにケリをつける必要がある。

「……発動しました」

 その言葉が言い終わらないうちに、ライカは勢いよく飛び出し、高くジャンプした。偵察機の眼がライカを向く前に、その身体はさらに高い位置へと跳躍してい。そのまま流れるような動きで剣を振り下ろし、偵察機を地面に叩きつける。ぐしゃり、と鈍い音を立てた偵察機に、ジーナはさらに全体重を乗せた剣を突き立てる。

「|待機系運用《スイッチオーバー》!」

 インジゲーターが完全に消灯したのを確認し、ライカは声を上げる。同時に、ジーナは偵察機と同じ|機械魔獣識別子《アドレス》を設定した小さな機器を起動させ、偵察機の隣に設置する。『緑の格子盤』からの死活監視に応答する為のものだ。いずれ異常は検知されるだろうが、時間稼ぎには十分だ。
 ここまで、約七秒。我ながら手馴れたものだ、とライカは思う。二人の戦闘時の連携もかなり洗練されてきている。それは決して、喜ばしいことではないのだが。
 大きく深呼吸したあと、ライカはジーナに微笑みかける。

「ありがとう、ジーナ。上手くいったよ……だが、念のため早くここを離れたほうがいい。動けるか、ジーナ」
「うん……大丈夫だよ」

 ジーナも笑顔で返答する。しかしその笑顔は、疲れた表情を出すまいと無理に作ったものだろう。ライカの心が少し痛む。
 もう何日も、逃避行の連続だ。自身の疲労も溜まっているが、何よりジーナの身体に負担をかけているのが心苦しい。ライカは唇を噛む。

 まずは、この山を無事に超えることだ。そして、何としても『|紅の宝庫《レッドマイン》』と合流し、ジーナを安全な場所まで送り届けなければならない。
 それこそが、私の最重要課題だ。

「レイラ隊長……」

 ライカは空を見上げ、額の汗を拭った。