Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]
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『お屋敷には異常ありません』
端末に表示されたジェミィのコメントを読み、紅子は安堵する。
散々だった旅路も、なんとか無事に一日目の宿へと辿り着いた。地図で確認すると、すでに行程の半分を過ぎており、明日中には目的地に到着できそうな勢いだ。なんだかんだ言ってあの二匹の|魔物《オーク》の頑張りには感謝しなければならない。宿屋の外で寝てもらっていることに、若干心が痛むけれど。
ジェミィに留守を任せた屋敷には、『全体に|魔法障壁《ファイヤーウォール》を設置する』というチケットを発行し、敵襲への対策を講じている。ジェミィがいれば心配は無用だろうが、できることはやっておきたい。念には念を、だ。
屋敷の状況は、そのチケットへのコメントとしてRedmineに残してもらうようジェミィにお願いしてあるし、実際にちゃんと書いてくれているので安心できる。
『あと、レヴィ様のお部屋を掃除したところ、ご自分で書かれたと思われる詩や漫画を見つけましたので、年代順に並べておきました』
……最悪だな。余計なおせっかい力最強レベルのお母さんか。コメントがレヴィに見られないよう、そっと削除する。
端末を枕元に置き、紅子は寝返りを打つ。
思えば、こっちの世界に来てから、レヴィの屋敷以外で寝るのは初めてだな……と紅子は気が付いた。こうやって屋敷の外に出てみると、改めて実感する。自分が生まれ育った世界とは全く別の世界にいるのだ。
そんな事を考えているうちに紅子は、初めて上京した日の夜の事をふと思い出した。田舎を離れ、一人暮らしのアパートで初めて寝た日。一人でいられる自由の嬉しさと、家族がいない寂しさとが混ざった複雑な感情が蘇ってくる……
「ねぇ、レヴィ」
「……んん?」
紅子は小さな声でレヴィに呼びかけた。背中を向けているレヴィが、面倒そうな声で生返事をする。まだ寝てはいなかったようだ。
「……お母さんがいなくなって、寂しくない?」
今まで面と向かって聞いたことはなかった。何となく遠慮してその質問を避けていた。だが、今こうやって急に口をついて出たのは、少し感傷的になっていたからだろうか。
「…………」
レヴィは答えない。紅子は少し後悔した。
「……ごめん、聞かなきゃよかったかな」
「寂しいよ」
先ほどとは違う、大きくはっきりした声。紅子は少し息を飲む。
「すっごく寂しい。急にいなくなっちゃうんだもん。最初は、どうしていいかわからなかったよ」
レヴィはずっと向こうを向いたままだ。どんな表情をしているのだろう。
「……でも。きっと、とても大きな理由があるんだと思う。あんな性格だけど、家族や仲間をただ放っておくような、無責任なヒトじゃないのはわかってるしさ……だから、信じてる。いつかきっと戻ってきてくれる。……それまで、しっかり『|紅の宝庫《レッドマイン》』を守らなきゃね」
暗闇の中、レヴィの声だけが部屋に響く。
「……そう思ってても、ずっと不安だったんだけどね、ホントは。でも、今は紅子がいるから。あたしには、紅子がいる。だから、何の心配もないよ」
レヴィの声が、ふっと柔らかくなった。相変わらず背中を向けたままだが、きっと穏やかな表情をしているのだろう。そんな声だった。
……自分だって、感謝している。紅子は強く思う。全く知らない世界に突然放り込まれてしまうという、どんな過酷な職場でもまずないだろうという経験の中で、レヴィやジェミィという、心を許しても良いと思える仲間に出会えた。今では文化や種族の壁を超え、お互いに心を支え合うことができていると思っている。……だが、私もあなた達に出会えて良かったよ……とは、さすがに気恥ずかしくて口にできなかった。いずれ私もレヴィのように、素直に言える時が来るだろうか。
「ね、レヴィ」
「なによ」
「そっちのベッドで、一緒に寝てあげよっか?」
「…………バカじゃないの」
レヴィはそう吐き捨て、頭から布団をかぶってしまった。
……照れ隠しのはずが、余計に恥ずかしい事を言ってしまった気がする。紅子は火照った顔を隠すように、レヴィに背中を向けた。