redmine-fantasy

Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

This project is maintained by 8novels

#28 レッドゾーン

 森の中を、二人と二匹は全速力で駆け抜ける。……いや、徐々にペースが落ち始めている。紅子とレヴィをおんぶして走る|魔物《オーク》もそうだが、何よりレヴィの疲労は相当なものであろう。実際、魔物を動かしているのはレヴィの魔力なので致し方無いのだが。かなり辛そうなレヴィの表情に、紅子の心が痛む。

「レヴィ! 大丈夫!?」
「…………けっこう、……キツイ…………でも、……追いつかれる、わけには……」

 もう少し、もう少しだけ……紅子は必死に祈る。今のうちに、出来るだけ距離をとっておかないと……

 ピイィィィーッ! ピイィィィーッ!

 紅子の心を抉るような、耳をつんざく鳴き声が森に響いた。|魔獣《イルカ》のものだろう。どうやら|蜘蛛少女《アラクネ》の罠を切り抜けて、追い付いてきたものがいるようだ。問題は、その数だ。一匹だけか、あるいは五匹全てか……
 紅子はおそるおそる後ろを振り返る。遠くに見えるその数は……二匹。残りの三匹は足止めされているのだろう。紅子はほんの少しだけ胸を撫で下ろし……いや、安心できる状況ではないと気を引き締める。

「レヴィ。……相手は、二匹。迎え撃つよ」

 どのみち、この速度差では逃げてもすぐに追いつかれる。ここで戦うしかない。しかし、新たな|魔物《メンバー》を召喚できる魔力はもうレヴィには残ってなさそうだ。かくなる上は……

「タロ! ジロ! 疲れてるとこ悪いけど、緊急のチケット|割り当て《アサイン》するよ!」

 既存の魔物に別のチケットを割り当てる方が、まだ魔力の負荷は低い。ここは彼らに頑張ってもらうしかなさそうだ。大丈夫。模擬戦闘も何度も繰り返した。仕様通りやればいい。紅子は自分に強く言い聞かせる。

『目的地を全速力で目指す』と書かれたチケットの担当者から、一時的に彼らを外す。ほどなくして停止した二匹の背中から、紅子とレヴィは飛び降りた。
 続けざまに、紅子は『目の前の魔獣と戦う』と書いたチケットを発行し、再び二匹に割り当てる。

「お願い!」

 ……勢いよく駆け出した二匹は、互いに拳を繰り出す。タロのパンチがジロの頬を捉え、ジロのアッパーはタロの顎にヒットする。そのまま二匹はお互いを殴り始めた。

「おい! そうじゃないよ!」

 思わず強い口調でツッコんでしまった。意思の疎通って本当に難しい……と紅子は愚痴をこぼしつつ、チケットの説明欄に『レヴィが召喚した魔物を除く』と追記し、しばらく考えて『レヴィも除く』とさらに追記して再発行する。……さすがに、私は対象じゃないよね……という願いが通じたかどうかは知らないが、二匹は無事に魔獣へと向かっていった。

 一息ついた紅子は、レヴィの様子を見ようと振り向いて、大きく目を見開いた。

「レヴィ!」

 レヴィは苦しそうな表情で倒れ込んでいた。慌ててレヴィの身体を抱き起こした紅子は、想像以上に熱くなっていたレヴィの体温に息を飲む。

「熱っ! ……レヴィ! あんた、大丈夫なの!?」
「…………ごめん……もう、限界…………」

 弱々しい声でレヴィは答える。この体温と、額から吹き出す汗の量は明らかに異常事態だ。ここまで無理をさせてしまったとは……紅子は悔しさと不甲斐なさで唇を強く噛む。

 とにかく、レヴィの負荷を下げなければ。紅子は終了できそうなチケットを探す。最も魔力を消費するのは新規メンバーへの割り当て時であり、すでに『|進行中《Assigned》』のチケットを終了させてもさほど魔力は回復しないのだが……でも、苦しむレヴィを前に何もしないわけにもいかない。

『ジェミィ、ごめん。お屋敷の|魔法障壁《ファイヤーウォール》、解除する。緊急事態』

 紅子は慌ててコメントを残し、チケットをクローズする。お屋敷も心配だが仕方がない……ほんの少しだけ、レヴィの息遣いが和らぐ。あとは……もうクローズできるチケットがない。どうしよう?

 大きな叫び声が森に響いた。紅子は顔を上げる。
 オークの一匹……ジロの脇腹に、魔獣が食らいついていた。ジロはもう一度苦しそうに叫ぶ。しかしその手には、もう一匹の魔獣の尻尾がしっかりと握られていた。もがく魔獣。しかしジロはその手を離さない。力を込めて地面に押さえつける。そこに、宙を舞う影が近づいた。もう一匹のオーク、タロだ。高くジャンプしたタロの脚は、着地と同時に勢いよく魔獣の頭を踏み抜いた。

 ジロに噛みついていた魔獣は、その瞬間を見逃さなかった。ジロから離れ、大きな口を開けてタロに突進したその魔獣の牙は、喉元から肩にかけてしっかりと食らいついた。今度はタロが叫び声を上げる。それでもタロは倒れない。
 タロは渾身の力で魔獣を引き剥がす。えぐれた傷口から噴き出る血を物ともせず、魔獣を力任せに地面に叩きつけた。魔獣は苦渋の鳴き声をあげる。そこに追い打ちをかけ、タロは拳を叩きつける。二回、三回……やがて魔獣は動かなくなった。ほどなく、タロは両膝をつく。
 二匹は同時に紅子の方を振り向いた。タロは前のめりに倒れながら、ジロは横たわりながら、二匹とも満足そうな顔で親指を立て……そのまま、同時に煙のように消えていった。

 チケットのステータスが『|継続不可能《Rejected》』に変わった。