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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#29 ブラックアウト

 レヴィを背負い、紅子はゆっくりと森の中を歩いて行く。

 背中から伝わるレヴィの熱は、紅子の体力を容赦なく奪っていく。頭が|朦朧《もうろう》とする。しかしそれでも、紅子は歩みを止めない。

 残る|魔獣《イルカ》は三匹。『足止めをする』と書いたチケットは、すでに『|継続不可能《Rejected》』へと変わっていた。|蜘蛛少女《アラクネ》はもうやられてしまったのだろう。しかし、彼女の足止めのおかげで、逃げる時間はかなり稼いだ。紅子は心の中で彼女に感謝する。……それから、身を挺して戦ってくれた二匹のオークにも。もし、いつかまた会うことが出来たなら、一緒にお茶でも飲もうか……魔物達は、お茶を気に入ってくれるだろうか。

 あとどれくらいで、目的地にたどり着けるだろう。レヴィの魔力が尽きた今、希望の光はそれだけだ。
 私の|プロジェクトマネージャー《PM》としての判断は、果たして正しかったのだろうか。もっとレヴィに負担をかけない、安全な方法があったのではないか……

 ピイィィィーッ! ピイィィィーッ!

 ……絶望の音が背後から聞こえてきた。膝の震えが大きくなる。見たくない。怖い。その気持ちを必死に打ち消し、紅子は後ろを振り向いた。

 一匹の魔獣が目前に迫っていた。胸びれと尾びれをゆっくりと動かし、紅子の目の高さに浮かんだその魔獣は、鋭い歯を剥き出してさらにもう一度鳴き声を上げる。

 ついに、来たか。紅子は声にならない声で呟く。こういう時、どう対処すればいいのかな。ダメもとで、質問でもしてみようか。『あなたを消す方法』とか……
 紅子はレヴィをそっと地面に下ろし、肩を揺すった。

「レヴィ。起きて」

 レヴィが薄目を開けたのを確認すると、紅子は近くに落ちていた木の枝を拾い上げた。それをしっかりと握りしめ、レヴィに背を向ける。

「ここからは、一人で逃げて。……でさ、味方に出会えたら、連れて来てよ。それまで、何とかして生きてるから」
「…………紅子……? 何、言ってるの……?」
「早く! ……お願いだから……」

 涙で魔獣の姿が滲んでいく。正直、戦ったらひとたまりもないだろう。だけど、せめてレヴィだけでも生きて帰ってもらわないと、紅子を信じて送り出してくれたジェミィに顔向けができない。それに、レヴィさえいれば、またプロジェクトをやり直すことが出来る……
 ……短い人生だったな……思えば、仕事ばっかりだった。最後に貴重な経験が出来ただけでも良しとするか……でも、一度でいいから彼氏とデートとかやってみたかったよ……ああ、思い出した。あのアニメ、五話までしか見てなかった……後回しにせずに見ときゃ良かったな……

「PM失格でごめんね、レヴィ」

 紅子は魔獣を睨みつける。震えの止まらない手で、木の枝を強く握り直す。

「|信号衝突《コリジョン》!」

 突然、幼い女の子の声があたりに響いた。
 同時に、魔獣はおろおろと小刻みに動き回り出した。……どうやら、魔獣は目標を見失って混乱しているように見える。何かの魔法だろうか……

「はああぁっ!」

 さらに別の女性の声が響く。直後に紅子の横を駆け抜ける一つの影。鎧を着たその女性は、高く掲げた大剣を勢いよく振り下ろす。混乱していた魔獣はあっけなく一刀両断され、二つに分かれて地面に転がった。

「間に合ったか!」

 剣を収めたその女性は後ろを振り向く。
 待ち望んでいた光景。なのに、状況を理解できるまでには数秒を要した。やがて紅子は木の枝を取り落とし、ゆっくりと地面にへたり込む。

「う、う……うわあああん!」

 抑えていた感情が一気に溢れ出す。涙が次から次へと、とめどなく流れ続ける。

「怖かっただろう……もう心配するな。大丈夫だ」
「……うん……うん……」

 ただ泣きじゃくりながら頷くだけの紅子に、その女性は優しく声をかける。

「後ろの子は大丈夫か。怪我しているのか?」
「……大丈夫……いや、大丈夫じゃない、けど……あ、でも、まだ敵が……」

 うまく言葉が出ない。考えがまとまらない。そんな紅子の肩に、女性は優しく手を置く。

「落ち着いて話せばいい。まだ、敵がいるのか?」
「あと、二匹……同じ魔獣が、この先に……」
「『|緑の格子盤《グリーンボード》』の魔獣だな?」
「……はい」
「わかった。そちらは私に任せろ。ジーナ、二人を頼む」
「わかりました」

 後ろから聞こえる返事。振り向いた紅子は、もう一人の存在に気づく。そう言えば、最初に聞こえた声の持ち主はこの子なのだろう。長い銀髪が印象的なその少女は、現代の日本にいたならば小学校の中学年くらいだろうか。彼女は、心配そうな様子でレヴィを眺めていた。

「すぐに戻る」

 そう言って、騎士風の女性は駆け出していく。一方、銀髪の少女は、レヴィの頬に手を当てて顔をしかめた。

「熱い……かなりオーバーヒートしてる……」

 そうだ。まだレヴィが大変な状態なんだ……しっかりしないと。紅子は涙を拭うと、レヴィの元へと近寄った。銀髪の少女はレヴィの口に水を含ませ、さらに水に浸したハンカチをレヴィの額に乗せる。それから、紅子の方を向き、こう問いかけた。

「ひょっとして、彼女も|可変域所有者《non-embedded》ですか?」