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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#30 チルアウト

「|可変域所有者《ノンエンベデッド》?」

 その言葉に、紅子は首を傾げる。

「ごく一部の魔族のみが持つ能力です」

 銀髪の少女は、紅子の目を真っ直ぐに見つめながら話を続ける。見た目は幼いが、しっかりとした口調からは大人びた雰囲気が伝わってくる。

「ほとんどの魔族は、元々生まれ持った能力しか使うことができません。成長によりその能力を高めていくことは出来ますが、全く新しい能力を取得することは出来ないのです……基本的には」

 魔族の生態についての説明が始まった。少しだけ冷静さを取り戻した紅子は、自分にわかりやすいよう電子機器に置き換えて考える……えーと、出荷時にインストールされたアプリしか起動できない、ということか。ただし、アプリのバージョンアップはあとからでも可能。……組み込み系のOSを搭載したガジェット、みたいなものかな。

「……しかし、ごく稀に、後天的な能力を追加できる領域を持った魔族がいます。自由に|能力《パッケージ》を追加することが出来るのですが、それに応じた魔力を持ち合わせていないと、高い負荷がかかりオーバーヒートを発生したりします……」

 一般的なスマートフォンやパソコンのように、自由にアプリを追加できるということか。しかし、推奨スペックを上回るアプリを起動すると、処理が重くて負担がかかる、と……

「私も、可変域所有者の一人です」

 その言葉に、紅子はふとあることを思い出して端末を覗き込んだ。……誰にも割り当てされていなかった『目的地までの移動』のチケットだけではなく、『レヴィの|魔力《リソース》の増強』と書かれたチケットも同様に『|解決《Resolved》』に変わっている。……間違いない。答えは、目の前にあるのだ。

 紅子の頭脳が回転を始める。プロジェクトを成功させる為の材料はここに揃っている。あとは、PMとして、SEとして自分に何が出来るか考えなければ。

 紅子は、ジーナと名乗った銀髪の少女に、さらに幾つかの質問をする。魔力や魔法の仕組み……紅子は考えをまとめていく。

 レヴィの魔力増強……いや、まずは魔力の回復か。いずれにしろ、ジーナの力を借りればよいということはわかっている。あとは手段だ。|レヴィ《サーバー》の処理能力を増強するにはどういう手段があるか。紅子は思考を巡らせる。
 最も単純な手法は『スケールアップ』だ。メモリの増設、プロセッサの増強などでスペックを上げればよい。しかし、レヴィの場合はどうするのか。改造手術みたいなもの? 方法はあるのかもしれないが……
 もう一つの手法は、『スケールアウト』。サーバーの台数を増やし処理能力を上げる。しかし、単純に増やしたところで、負荷が分散するわけではない……

 ここで紅子にある考えが閃いた。これなら……

「ジーナ」
「はいっ」

 紅子は決意を込めた声でジーナを呼ぶ。ジーナの顔に緊張が走る。

「悪いけど、ちょっとジーナの中、覗かせてもらうよ」
「え? それは、どういう……」
「ごめんっ!」
「ひゃわわっ!」

 紅子はジーナの衣服を勢いよく脱がし、覆い被さると、胸元に顔をうずめる。
 うっすらと汗ばんだその柔肌は透き通るように白く、控えめに膨らんだ胸は若々しい弾力を備えている……などと描写している余裕はない。見た目は痴漢行為スレスレ……いや明らかにアウトだろうが、なりふり構っていられない。

「あっ……あの……ちょっと……」

 ジーナは恥じらいだ声を上げる。その声に多少の罪悪感を感じながらも、紅子はある物を探す。……あった。例のコンソールウィンドウだ。コマンドを実行してみる。……いける。これなら……

 がばっ、と紅子は勢いよく顔を上げる。紅子は安堵の、ジーナは……恥じらいのような何とも言えない表情で、二人同時に深く息を吐く。

 続けざまに紅子は、レヴィの上着を脱がせてその胸に顔をうずめる。焼けるように熱くなった肌が紅子の顔を容赦なく刺激するが、ためらいはない。コンソールにアクセスし必要なパッケージを探す。それから、|魔力通信《ネットワーク》関連の設定を次々と変更していく。

「……オッケー」

 顔を上げ、ジーナの方を向く。硬直するジーナの両肩を掴むと、

「もう一回ごめんっ!」
「いひゃんっ!!」

 もう一度ジーナの胸に顔をうずめる。
 次は、ジーナからレヴィの中にアクセスを試みる。さっき開けた穴から……よし、通った。次に必要なパッケージをレヴィから転送し、同様にセットアップを進める……

「よし、残りの二匹も倒してきた……ってうおおおおぉっ!!」

 戻ってきたライカは驚愕の叫びをあげる。なにしろ、半裸のジーナに馬乗りになって、紅子が胸に顔を埋めているのだ。犯罪行為スレスレというか明らかにアウトな状況に、ライカが驚くのも無理はない。

「おのれ、よくもジーナにそんな破廉恥な……」
「待って!」

 大剣の柄に手をかけたライカに、恍惚の表情のままジーナが声をあげる。

「これは、レヴィさん……その人を助けるための行動です。……多分。だから、斬らないであげてください……」
「そうか……ジーナがそういうなら…………ってこっちの娘にも! なんという!」
「その方が、レヴィさん……レイラさんの娘さんです」
「ななななな、レイラ隊長の御息女! レイラ隊長の御息女にまでこんな破廉恥な! 無礼極まりない……」
「斬らないであげてください」
「……出来た」

 作業を終え、ゆっくりと紅子は顔を上げた。怒りに満ちた表情のライカが詰め寄る。

「お前、ジーナに何をしている……!」
「レヴィとジーナを|負荷分散《ロードバランシング》させたわ」
「……?」
「今、二人の魔力は共有されてる……ジーナ、しばらくは疲れるだろうけど、ちょっとだけ我慢して。ごめん」

 疲れた表情の紅子は、ジーナの手を強く握りながら頭を下げる。ジーナもつられて何度も頷いた。

「要は、お互いの持つ魔力を仮想的に一つにしてて、上手く平均化されるようになってて……枯渇したレヴィの魔力をジーナに補充してもらってるようなもので……心配しなくても、機能をオフにすれば元に戻るし、ジーナの能力に制限がかかることもないし……あー、説明がけっこう面倒なんで、もういいかな……」

 レヴィの呼吸が安らかになっていく。紅子はそのレヴィの頬に優しく触れる。体温がみるみる下がっていくのがわかる。もう、心配ないだろう。紅子の力も急激に抜けていった。

「……えーと、これはつまり、どういう状況なんだ……?」
「ごめん。ちょっと、私も休憩する」

 その質問には答えず、当惑するライカと半裸の少女二人にそう告げ、紅子は地面に寝っ転がった。
 あー、屋敷に帰ったら、スーツのクリーニングしなきゃな……そんなことを考えながら、紅子はゆっくりと目を閉じた。