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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#32 湯けむりの中で

「お母さんに会ったの!?」

 レヴィは身を乗り出してライカに詰め寄る。ばしゃり、とお湯が跳ねた。
 なんとか無事に『レヴィの魔力を増強する』というチケットのクローズに成功した旅の帰路。立ち寄った宿屋の大浴場に、紅子たち四人は並んで浸かっている。初めは、身体のあちこちに出来たすり傷にお湯がしみ、紅子は顔をしかめた。しかし、痛さを我慢してしばらく浸かっているうちに、旅の疲れや緊張感や恐怖心……その他いろんなものが溶け出していくように感じられ、非常に心地よい。

「ああ……十日ほど前のことなんだが」

 ライカは、顔にかかったお湯をタオルで拭いながら返答する。レヴィに対する口調は、最初はレイラの娘ということで丁寧に接していたのだろうが、だんだんとざっくばらんになってきた。地は元々こういう性格なのだろうな、と紅子は思いつつ、頭の中で時系列を整理する。
 十日前といえば、レイラ……レヴィのお母さんが、レヴィたちの元を離れていなくなってからしばらく後のことだ。それから、私がこの世界に来る少し前……だよな、確か。まだ少し頭がぼうっとしているけれど、計算は合ってる、はず。

「元々、私は傭兵として戦地を渡り歩いていて……レイラ隊長が『|緑の格子盤《グリーンボード》』の南方制圧部隊を率いていた頃、その部隊に加わっていたことがある。その時、レイラ隊長には懇意にしてもらって……」

 確かに、その無駄のないしなやかで力強い身体からは、戦地を渡り歩いた傭兵としての風格が伝わってくるな、と紅子は感心する。……あまりジロジロ見るのも失礼だけど。

「国の運営のあり方についても話を聞かせてもらった。正直、内容は高度すぎてよく理解できなかったのだが……それでも、現状を憂い、新しい手法を模索するその真摯な姿勢は尊敬できるものだった」

 絶賛されてるな……あの|書き置き《README》からは想像できないけど。紅子はこちらの世界に来た直後に読んだあの文章を思い出す。でも、現状を変えたいという熱意と発想はすごかったんだろうな。実際に画期的なシステムも構築してるし……イノベーション、って言うんだっけ? こういうの。

「……その後、レイラ隊長が『緑の格子盤』から独立したのをきっかけに、私も『緑の格子盤』を離れて別の仕事を請け負っていたのだが……突然、レイラ隊長から連絡が来てな。ジーナの事を託されたのだ」

 と、ライカは隣にいるジーナの頭に手を乗せる。長い銀髪を頭のてっぺんでまとめたジーナが、小首を傾げてライカの方を向く。

「『緑の格子盤』から保護してほしいと頼まれた。それで、一人で護衛するよりは仲間がいた方が安全だと思い、『|紅の宝庫《レッドマイン》』の本拠地を目指していたという訳だ。おおよその場所はレイラ隊長に伺っていたしな。ただ、『緑の格子盤』の警備を避けるために、かなり遠回りをしたので時間がかかってしまったが……」

 ジーナが特別な女の子であることは、紅子もすでに実感している。レヴィと同じように、体内に新たなシステムを構築することが出来る――ジーナが『|可変域所有者《ノンエンベデッド》』と呼んでいた――能力を持ち、また、ネットワークエンジニアを彷彿とさせるような魔法を操る。『|紅の宝庫《レッドマイン》』にとって非常に貴重な戦力だが、それはつまり、『緑の格子盤』にとっても重要な存在だという事だ。そのあたりが、『緑の格子盤』から保護しなければならない理由に繋がっているのだろうか……いや、今は考えるのも面倒だ。後日詳しく聞いてみよう……

「で、お母さんはどんな様子だったの?」

 その言葉と同時に、ライカとジーナの表情が一瞬だけ|強張《こわば》った。しかし、すぐにライカは微笑みの表情を取り戻し、レヴィに優しく語りかける。

「ああ、いつものとおり、元気な様子だったよ。何も心配いらない」
「そう……もう! ちょっと出掛けてくるとか言って、それっきりで……一体どこにいるんだか!」
「ところで。まだ、腑に落ちてないんだが」

 と、ライカは話題を変え、考え事をしていた紅子の顔を見る。レヴィとジーナもつられ、三人の視線が紅子に集まる。

「紅子は、どういうキッカケでレヴィと一緒にいるんだ?」
「私? …………それがね、よく、わかんないんだよね」

 紅子は考え事をやめ、ライカに向かって話し出す。

「元々、こことは全く別の世界にいたんだ。魔物もいない、魔法もない……信じられないと思うけど。で、気がついたらこっちの世界にいてさ、レヴィと出会って……」

 紅子は、ここ数日の出来事を一つ一つ思い出しながら話す。初めは事情がよく飲み込めず、戸惑いもあった。しかし、今の紅子には確信がある。

「でも、今私がやるべきことはわかってる。レヴィのお母さんが立ち上げて、レヴィが後を継いだプロジェクト。この|プロジェクトマネージャー《PM》として、きっと成功させてみせる。……その為に、この世界に私が呼ばれたんだと思うから」

 紅子は、レヴィの目を真っ直ぐ見つめながら語りかける。今度は、三人の視線がレヴィに集まった。

「……あたし、そろそろ出るわ。せっかく身体が冷えたのに、また熱くなっちゃう」

 そう言ってレヴィは、また豪快にお湯を跳ねあげて立ち上がり、湯けむりの向こうへと消えていった。その顔が心なしか赤くなっていたのは、火照ったからか、それとも。