Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]
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「レヴィ? …………入るよ?」
ノックをしてしばらく待ったが返事がない。もう一呼吸だけ待って、紅子は扉を開けた。
部屋の奥に置かれたベッドの上では、レヴィが仰向けに寝っ転がっていた。……いや、腹筋運動の最中か。必死で起き上がろうと顔を真っ赤にしている、と思われる。……お、起きるか? ……ダメか。……お、今度はどうだ? 起きるか? ……やっぱりダメか。……そろそろ声を掛けようか。
「……レヴィ?」
「うわあ!」
驚いて大声を上げたレヴィは、急いで紅子に背中を向ける。
「何よ、もう……あたしは忙しいの」
「まあまあ。ちょっとだけ、いいかな?」
紅子は、レヴィの隣に腰掛ける。
「筋トレに励むのはいい事だけどさ。無闇にやっても、あんまり身体に良くないと思うんだけど」
「…………」
「……レヴィ?」
「…………だって、さあ。悔しいんだもん」
背中越しに、レヴィの小さな呟きが聞こえてくる。
「あたし、自分の魔力を過信してた。あれくらい、何とかなると思ってたんだ。でも、結果的に、紅子に迷惑かけちゃって……あたし、自分が悔しくて……」
「レヴィが謝ること、ないよ」
紅子は振り返り、優しくレヴィの頭を撫でる。
「メンバーの力量を見極めて、適切な仕事を振るのは、|私《PM》の仕事だわ。ちゃんと見極められずに、レヴィを命の危険に晒してしまった。……反省してる。ごめん」
「そんな、紅子は……」
「でも。得るものもたくさんあった。お互いに成長できたし、プロジェクトも前進してる。だから割り切って、私たちも前に進まないと」
「……うん……」
まだ納得していない様子のレヴィに、紅子は続けて話しかける。
「それを踏まえて、私の助言というか相談というか、経験談なんだけど。……私も、若いなりにいろいろ経験してるの。サーバーとかネットワーク機器を何度も構築したり、プログラム書いたりその場しのぎのバッチファイル書いたり……何でもかんでもこっちに振らないで! って、内心カッカしながらだったけど……」
レヴィには、何の事だかピンと来ていないだろう。それでも黙って紅子の話を聞いている。
「最初は、手順書に書いてある通りやるわけよ。何にもわかってないからさ。で、エラーになるんだけど、どこが間違ってるのか、さっぱりわからないわけ。だから、全部最初からやり直したりして……」
紅子は新人時代の頃を思い出しながら話し続ける。
「でも、そうやって何度も繰り返してると、だんだん理屈というか、コツがわかってくるんだよね。この手順は何のためにあるのか、どういう意図なのか、とかさ。それがわかってくると、 いろいろ工夫のしどころもわかってくるわけ。ここは、以前作ったアレを流用できるとか。逆に、ここに手をかければ、より良いものができて、次にもつながるなっていうのが感覚的にわかる……とかさ。要は、小さな力で大きな成果を生み出せるわけ」
紅子はレヴィの頭を撫でる手を止める。
「魔法……のことは、さ。自分が使えるわけじゃないから、はっきりしたことは言えないんだけど。でも、似たようなものじゃないかと思うんだ。今はただ、レヴィの魔力を消費して、私がチケット切ってるだけなんだけど。……でも、どういう物を作りたいのか、どういう結果を生みたいのか……っていうお互いの意識が一致した上でチケットを発行したら、もっと小さな魔力で、もっと大きな効果を生むと思う。お互いが同じビジョンを持つのって大事なんだ、って改めてわかったよ」
プロジェクトが大きな成果を生むためには、メンバー全員のベクトルを合わせる必要がある。異世界においても同じだろう。ごく基本的な事であり、しかしそう簡単な事でもない……でも。
「私達ならいつかできるよ。……単に魔力を増やすっていうだけなら、いろんな方法がある。でも、同じ目的のために心を合わせるって部分では、レヴィの事を一番信頼してる。……ただがむしゃらに筋トレとかするより、そっちの方がやりがいがあると思わない?」
正直、この答えが本当に正しいのか、紅子にはよくわかっていない。だが、レヴィにはっきりした目標を持ってもらうこと、お互いの意識を合わせること、そのためにもっと意思の疎通を図ることは、必ずいい結果に繋がる。紅子はそう信じている。
……|レイラ《お母さん》だったら何て言うだろう、と紅子は考える。……案外、全部一人で出来ちゃうから、何も言わないかも知れない。でも、レヴィも私も、一人じゃ何も出来ない。だからチームを組むのだ。足りない部分を補うために。
「……聞いてくれて、ありがと。じゃ、行くね」
紅子は立ち上がり、部屋を出る。レヴィは最後まで、紅子の方を振り向かなかった。