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Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]

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#40 レイラ

『|緑の格子盤《グリーンボード》』王城の司令室に一人残ったオデッサは、監視コンソールを静かに見つめている。エクシエラの部隊は、かなり南へと進んだようだ。

 不意に、オデッサの持つ端末が小刻みに震えた。驚きと喜びが混ざったような複雑な表情を浮かべたオデッサは、急いで監視コンソールの表示を切り替えると同時に、慣れた様子で端末に文字を入力する。

『お久しぶりですね……レイラ様』
『……あー、気づかれたか。ちと、気ぃ失ってたわ。不覚』

 メッセージアプリによく似た画面。オデッサが入力するメッセージに対し、程なくして返事が書き込まれ表示される。
 監視コンソールの地図上には、メッセージの返信元――レイラの現在地を示す点が表示されている。しかし……いつの間にか、その点の数は百をはるかに超えていた。いまや島中が光る点で埋め尽くされている。

『にしては、咄嗟にここまで撹乱できるなんて。せっかく探知したのに、これでは何処にいらっしゃるかわかりません。さすがはレイラ様』
『褒めたって憎まれ口しか出ないわよ』

 その返信に、オデッサの口元が僅かにほころぶ。メッセージを入力する指のスピードが増す。

『まだ、息があったのですね。正直ほっとしました』
『へへーん、このレイラ様を舐めてもらっては困るわね』
『あなたに死なれると、私も困るのですよ。私がエクシエラ様にお仕置きされてしまいますので』
『はは、それは楽しみね。そん時ゃ|動画配信《キャスティング》してよ。私も何とかして見るからさ』
『そんな趣味はありませんよ』

 レイラからの返信はない。オデッサは入力を続ける。

『お身体の調子はどうですか?』
『あんたねえ……自分でやっといて、その言い草はなくない? サイアクよ。お身体は最悪』
『それはそうでしょうね。最強種の|虫《ワーム》が中にいるんですから』
『……わかってんなら聞くんじゃないよ。こっちは返事するのもしんどいのに。ホント性格悪いね』
『ええ。あなたに似て』
『うっさい。バーカバーカ』

 子供のような返事に、またオデッサの表情が緩む。

『ところで、娘さんはお元気ですか?』
『……それ、一緒にいない事をわかってて聞いてるよね。あんた』
『やはり、そうですか。娘さんに感染しないよう、距離を置いているだろうとは思っていました』
『……ふん。虫を仕込まれたのは、私の油断が元だし、しょうがないけど。でもさ、娘に近づけないってのは、正直ツラいんだよね。|魔力通信網《ネット》越しの通信も危険だし。あんただけだわ、遠慮なく通信できるの』
『心中お察しします』
『……あー、ムカつくわねー、あんた。ホント。娘に会えない母心、あんたにゃわからないでしょうね』
『そうですね。いずれわかる日が来る事を楽しみにしてます』

 しばしの間をおいて、オデッサはさらにメッセージを入力する。

『あと……もう一人、接触を持った|可変域所有者《non-embedded》がいますよね? レイラ様』
『…………はて、何のことやら』
『名前は、ジーナ。十歳にして、この島最高クラスの|魔力《スペック》を持つ少女。特に|魔力通信《ネットワーク》の制御適性が非常に高い』
『……』
『さらに、彼女と直接接触しないよう、仲介と護衛を依頼した傭兵がいます。一時期、レイラ様の南方制圧隊に参加していた者ですね。名前は、ライカ』
『……ちゃんと痕跡は消したと思ってたんだけどなー』
『確かに、この国の|記録《データベース》からは綺麗に抹消されていましたね。仕方がないので自分の足で探しましたよ。そっちは得意分野じゃないのですけれど』
『……へー、頑張ったじゃない』
『どちらにしろ、レイラ様には先手を打たれてしまったわけですが。何とかして二人の出国を阻止しようとしたんですが、気付くのが一歩遅かったようですね』

 オデッサはわずかに顔をゆがめる。かたや、緑の格子盤の参謀という、この島全域の情報を掌握できる立場。かたや、体内に侵入した虫の為に能力を大幅に制限され、一人で島内に潜伏する立場。なのに、レイラという天才は、圧倒的に不利な立場を物ともせず、常にオデッサの一歩先を行っている。……その苛立ちが滲みださないよう言葉に気を遣いながら、オデッサはさらにメッセージを入力する。

『初めは、レイラ様不在の一団など敵ではない……と高を括っていたのですけど。仮に、三つの条件が揃ってしまった場合、かなり厄介な存在になるのではないかと考えなおしました』
『……』
『まず、レイラ様が残した何らかのシステム。そして、|魔力《スペック》の高い可変域所有者。最後に……そのシステムを使いこなし、一団の運営が出来る指揮官……』
『……最後のはね、|プロジェクトマネージャー《PM》って言うのよ。覚えておきなさい』
『プロジェクトマネージャー、ですか』
『……あんたの読みは、合ってるわ。……私がいなくてもね、優秀なシステムと、それを使いこなせる優秀なマネージャーがいれば、戦力差は覆すことが出来る。プロジェクトは成功する。……それを見せてあげようじゃない』
『へえ。レイラ様抜きでも、緑の格子盤に対抗できる戦力はすでに揃っていると』
『……手は打ってあるよ、ちゃんと』
『南方には、エクシエラ様が自ら出陣されましたよ。それでも勝つ見込みがあるのですか?』
『…………ありゃ、それはさすがにキツそうだ』
『負けを認めるなら、今のうちですが?』
『……負ける? ……正面からぶつかるだけが|戦い《プロジェクト》じゃない。ちゃんと戦況を分析し、勝機を見出す力はあるよ。……|紅の宝庫《わたしたち》は』
『随分と、お仲間を信頼されているようですね』
『……あんたみたいに、国を盲信してるだけの奴らとは違うからね。心で繋がってるんだよ。……私は、そう信じてる』

 その言葉に込められた自信が、オデッサにも伝わってくる。確かに、理想的な考え方だ。そして……やはり、自分とは相容れない考え方だ。
 オデッサは話題を変える。

『しかし、レイラ様の生きる執念は敬服に値します。そのような身体で、どうやって生きておられるのか。とても興味があるのですが』

 レイラからの返信はない。しばらく待ってから、オデッサは立て続けにメッセージを入力する。

『これは、あくまで私の推測ですが』

『普段は、ご自分の|心拍数《クロック》を極限まで落としている』

『辛うじて生命維持ができる程度まで』

『それにより、虫もろとも活動を停止させている』

『違いますか?』

 ……レイラとエクシエラの対立が深まってきた頃。レイラが敵に回るという脅威を恐れたオデッサは、レイラの隙を突き、エクシエラにも無断で、レイラの記憶域に一匹の虫を仕込んだ。
 その虫に、オデッサは様々な機能を搭載した。魔力通信網から切断した状態でも居場所を特定できる機能。オデッサと直通のチャットシステムもそうだ。そして、いざという時に、レイラの|精神《ルート》を掌握する機能も。
 レイラに巣食ったその虫は、内側から徐々に身体を蝕んで行った。レイラがその虫に気づいた頃には、もはや自分で処置できないほどに破壊は進行していた。しかし……レイラはオデッサにすがる事を拒んだ。娘たちの前からも姿を消し、自力で虫に抗い、その命を削りながら、今もこの島の何処かに潜伏している。

『…………答える義理はないね』

 しばらくの沈黙ののち、レイラからの返信が端末に表示された。

『娘さんたちとも離れ、身体に大きな負担をかけながら、お一人で虫と戦っている。レイラ様が不憫でなりません』
『……だから、あんたが言うな、っつーの』
『今なら、まだなんとか間に合いますよ? 解除用のプログラムは準備していますし、修復は可能です。手遅れになる前に、おとなしく姿を現してはどうですか?』

 返事はない。しばらく間を置いて、オデッサはもう一度呼びかける。

『レイラ様?』
『…………あんたほどの腕があるなら、世界を変えることもできるだろうに。旧態依然としたやり方じゃなく、もっと先進的な方法で。……もったいないね』
『質問の答えになっていませんよ?』

 レイラからの返事はない。仕方なく、オデッサは入力を続ける。

『この国の方針を貫き通すのが、私の役目ですので』

『この国の繁栄のためには、私がやるしかないのですよ』

『エクシエラ様は、あなたの事をたいそうお気に入りなので。出来れば死なせたくありません』

『もう一度言います。姿を現してはどうですか?』

 レイラからの返信は、完全に途絶えた。オデッサはため息を吐く。
 ……私の望んでいたことは、こういう結果だったのだろうか。その自分の心に浮かんだ問いかけを自分で打ち消し、オデッサは端末をポケットに戻した。