Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]
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敵陣に近づくにつれ、『|信号衝突《コリジョン》』の効果が明らかに薄れてきた。エクシエラの魔力によるものだろう。レヴィと紅子に向かって飛んでくる矢を、先行する|魔物《オーク》が器用に払う。
実際、エクシエラの強大な魔力をレヴィも痛いほど感じ取っていた。肌がピリピリとするような感覚。恐怖心がないと言えば嘘になる。
それでも、あたしはここで紅子の背中を守る。レヴィはそう強く決意していた。
本当ならば、他に適役がいるだろう。それはレヴィもわかっている。剣の腕はジェミィやライカに遠く及ばない。敵の動きを止める魔法なら、ジーナの方が向いている。
でも、一番近くで紅子を守りたかった。
その役目だけは、譲れなかった。
やがて二人は、エクシエラのいる本陣に到達する。
息苦しいのは、全力で走ったからだけじゃない。エクシエラが放つ魔力への恐怖と、これからの出来事に向けた緊張感と……
レヴィは、小さく震える紅子の手を握りしめる。が、自分の方が明らかに大きく震えていた。二人の表情が少しだけ緩む。
「ここで、あたしが敵を食い止めるから。誰も入れさせない。だから、紅子は安心して、|会議《ミーティング》に集中してよ」
「うん。……ありがとう、レヴィ」
紅子はその手を強く握り返す。
「……成長したね、レヴィ。なんだか頼もしいよ」
「……紅子の、おかげだよ。紅子がいてくれたから、あたしも……」
ふふ、と紅子は優しく笑った。
「……それじゃ、行ってくるから」
「……また、会えるよね? 紅子」
「当たり前じゃない。何言ってんだか」
紅子は明るく笑う。
「ちゃんと話付けて、戻ってくるから。それまで、何とか持ち堪えてね」
「わかった。………頼んだよ、紅子」
紅子は手を離すと、今度は笑顔で右手を高く掲げる。レヴィもそれに答えて右手を掲げ、勢いよく打ち合わせた。パシン、と明るいハイタッチの音が辺りに響く。
満足そうに頷いた紅子は、レヴィに背を向け、奥へと駆けていった。
レヴィも身体をくるりと反転させ、不安を断ち切るかのように大声で叫ぶ。
「さーて、みんなの相手はレヴィが引き受けるよ!」
端末を取り出し、レヴィはチケットを発行していく。自らの魔力がチケットによって具現化され、自らの指示によって思い通りに動く。もう手馴れたものだ。十体、二十体……次々と出現する魔物たちが、敵兵の行く手を阻む。
二匹の|魔物《オーク》は、その太い腕を振り回して敵兵を吹き飛ばす。……成功した後に、いちいち|親指を立てて《サムズアップで》こちらにアピールするのは多少うざったいが。
|蜘蛛の少女《アラクネ》は、粘着力のある糸を次々と吐き出して、敵兵の足を絡め取る。
オーガは、巨大な棍棒を振り回して敵をなぎ倒していく。
|小鬼《インプ》の五兄弟は、華麗な連携プレーで敵を翻弄する。
みんな、ちゃんと統率がとれている。一つの目標に向かって、心が通じ合っている。
一人じゃ何もできなかった、昔とは違う。
自分の不甲斐なさに泣いた、あの時とは違う。
あたしだって、役に立ってみせる。プロジェクトの一員として。
お母さん。あたしに、紅子に、力を貸してください。
……もう一枚、チケットを発行しようか。そう思ってレヴィが端末を構えた、その時。
レヴィが感じ取った、ある気配。
誰かがそっと、横を通り過ぎたような感覚。
後ろを振り向くレヴィ。しかし、そこには誰の姿もない。
「紅子!」
胸騒ぎに耐えられず、思わず叫ぶレヴィ。
その声は、彼女に届く前にかき消され、戦場へと消えた。