Redmineで始める異世界人心掌握術 [異世界ファンタジー/長編/完結済]
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全てが闇に包まれている。
紅子は辺りを見渡す。何も見えない。自分がどこにいるのか、いや、自分が立っているのかどうか、……さらに言えば、自分の肉体が存在するのかも、よくわからない。
死んじゃったのかな。私。
そう言えば、なんか銃弾だか光弾だかで身体を貫かれてたような記憶がある。そりゃあ、死ぬよな。普通。
どうしてこんな事になっちゃったんだっけ。あ、そうそう。異世界にやって来て、敵のトップとディスカッションして……
その時だ。
暗闇の中に、見慣れた黒いウィンドウが出現した。
確か、以前もこんな事があった気がする。あの時も真っ暗闇で……なんで真っ暗だったんだっけ。あ、確か誰かの胸に顔を押し付けて……
『まいどー。紅子ちゃん』
そのウィンドウに、間の抜けた文字が表示される。
表示されているのはその一行のみ。発言者の名前はどこにも書かれていない。しかし、その発言者が誰なのか、紅子にはすぐにわかった。紅子は口を動かす。しかし、声にならない。その代わり、発しようとした言葉がそのままウィンドウに表示される。
『あなたは……お母さん?』
もちろん、私の母ではない。私がよく知っている子のお母さんだ。その子の名前は、ええと……
『はーい。レヴィの母にして天才|魔族《エンジニア》、レイラさんでーす』
このおちゃらけた口調、まさにそうだ。レイラだ。思えば、こうやって直接やり取りするのはこれが初めてだ。
『なんかゴメンねー、紅子ちゃん。せっかく来てもらったのに、こんな結果になっちゃってさ』
そうだ。私は、どうなったのだろう。生きているのか。
『えーとね。今のあなたは、死んでもないけど普通に生きてる状態でもないというか。肉体のない、電子データみたいな状態。あれだあれだ、|人工頭脳《AI》みたいなもんだね』
ありゃ……異世界に来ていろんな体験をしたような記憶があるが、ついに人ならざる者になってしまったか。
『でも心配しないで。あなたの事は、私が責任持って元の世界に帰してあげる。キレイな身体のまんま、元に戻してあげるから』
……本当だろうか。いくら天才|魔族《エンジニア》とは言え、そんな事が……
『実はさ、私も下手打っちゃって、肉体をほぼ失っちゃってるんだよね。で、回復のために魔力を溜め込んでたんだけど……それを、あなたのために使うから。あ、大丈夫。時間が経てばまた魔力も溜まるし。何より、そうしないとこっちも申し訳なくってさ』
いいのかな。確かに、|人工頭脳《AI》の状態も、土手っ腹に穴開いたままなのも、どちらも困るけど……でも。
『またしばらくは、レヴィたちに会えないけど。でも、システムもちゃんと機能してるし、レヴィも成長したし、頼れる仲間も増えたし。あなたのおかげでね。だから、何とかなるでしょ。後は、こっちの世界で引き継ぐよ、このプロジェクト。だから、こっちの事は心配いらないよ』
……そうだった。私はまだ、何も成し遂げてない。プロジェクトを完了出来ていない。中途半端な状態のまま、自分だけ元の世界に帰ってもいいのだろうか。戦況は、レヴィ達は、どうなったのか。プロジェクトマネージャーとして、最後まで責任持たないといけないのではないか?
だが、レイラはそれに答えず、話題を変えた。
『……新しい事を広めるって、ムズカシイもんだよねー。どんなにこっちが力説しても、受け入れてくれなくて。現状からの変化をイヤがる勢力って、どこにでも存在してて。あなたの世界でもそうじゃない?』
その通りだ。人は、変わる事を嫌う生き物だ。
どんなに非効率な状態も、それが続けば日常になる。そうなると、今度は変わる事を恐れる。それが非効率だと、もっと良い方法があると、どんなに力説してもだ。変えようとする方が悪なのだ。安穏な日々を脅かす、悪の存在。
『でもね。その人も、悪気があるわけじゃないんだよ。ただ、不安なだけ。知らない事を始めるって、やっぱり勇気がいるんだよね。……だから。相手の事も、尊重して。今までの歴史にも、敬意を払って。でも、自分が正しいと思った事は曲げずに。少しずつでも成果を出して、少しずつ相手に安心してもらう。根気よくやってみるしかないよね』
そう、なのかもしれない。根気よく、じっくりと。そうすれば、いつかはわかりあえる日が来るだろう。
『Redmineって、すっごく良いシステムだよ。よく出来てる。あなたの世界でも、きっと役に立つ。世界を変える可能性を秘めてる。そんなシステムだと思う。だから、それぞれの世界で、それぞれ頑張って、広めていこうよ。まだまだ長い|戦い《プロジェクト》になるかもしれないけどさ』
紅子は力強く頷く。世界は違えど、同じ志を持つ人がいる。そう思えば、自分も頑張れる。
『……あ。そう言えばさ。私に会うっていうチケット、切ってたよね』
そう言われて、紅子は思い出した。確か『エクシエラと|会議《ミーティング》する』というチケットと同時に作成した記憶がある。ステータスは『|新規《New》』のまま動かすことはなかったが。
『自分で作ったシステムでチケット切られたら、実現させないわけにはいかないよね。……特別サービスだよ?』
その言葉と同時に、一人の女性の姿が闇の中に浮かび上がった。
ついに、出会えた。……いや、恐らく元気だった頃の姿を投影しているだけなのだろうが。しかし、初めて見るレイラの姿は……想像通りというか、何と言うか。
「……じゃ、ありがとね。異界のエンジニアさん!」
その言葉を最後に、手を振るレイラの姿とウインドウは闇に溶けていった。
同時に、紅子の意識も薄れていく。
再び、全てが闇に包まれる。