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「時に樹里(じゅり)さんよ」

 学校帰りに立ち寄ったいつもの喫茶店はいつものように閑散としている。より正確に言うなら私達以外に客はいない。そんな店内に、向かい側に座った親友の高い声が響く。

「どうした、絵子(えこ)さんよ」

 私は口元まで運んだ生クリームまみれのイチゴにブレーキをかけ、その親友――瀬尾(せのお)絵子へと目を向ける。口調まで合わせているのは、愛すべき親友に向けた私なりのサービス精神だ。こういうたわいもない話を始める瞬間が、実は一番好きな時間だったりする。その相手である親友に、面と向かって言ったことは一度もないけれども。

「あのさ、JavaScriptは、確かに今はいろんなところで活躍してる。あーえらいもんだよ」

 私は思わず笑い出す。突然始まるたわいもない話の、その大半はプログラム関連だ。もっと言うと、JavaScriptに関する話が群を抜いて多い。年頃の女子高生から出てくる話題がこんなに偏ることになってしまった要因を私は知っている。もちろん、私だ。

「とはいえ。と、は、い、え、ですよ樹里さん」

 指揮者のようにスプーンを小刻みに動かし、二回目の『とはいえ』をやけに強調しながら絵子が続ける。

「やっばり今でもJavaScriptの主戦場は、ブラウザの中だと思うわけですよ」
「おー、絵子さん大正解。褒美にサクランボを授ける」

 と私は、自分のパフェに乗ったサクランボをスプーンですくい、彼女の口に放り込んだ。

「……わーい。……だからね、JavaScriptを正しく学ぶ為には、HTMLの知識も必要なんじゃないかな、と絵子さんは思ったわけです」
「おー、絵子さん連続正解。褒美にみつ豆を授ける」
「わーい。……商品のグレードが微妙に下がった気もするけど」
「次の問題に正解するとハワイ旅行です」
「ハワイ?みつ豆の次がハワイ?もうちょっとなんか段階を踏んだ方が良くない?」

 こういうたわいも無い話を延々続けるのも嫌いでは無い。相手が絵子ならば、という条件が付くが。もちろん本人には内緒だ。

「で、まとめると、HTMLの勉強したいから教えて欲しい、ということでいいんだな」
「はい。さすが樹里さん、正解です」
「賞品は、このパフェ代で。OK?」
「うー……」

 絵子は渋々頷いた。

 *

 絵子とはもう長い付き合いになる。初めて出会ったのは小学一年生の時。正反対の性格ながら、不思議と気が合った。それ以来ずっと一緒だ。
 現在は同じ高校に通い、同じ情報処理部に所属し、プログラミングやWeb技術を勉強している。ちなみに部員は今のところ私と彼女だけだ。

「さて、そもそもHTMLとは……」

 私が話し出した途端、完全に勉強モードに切り替えた絵子が真っ直ぐに私を見つめる。その信頼しきった視線に私は、ちょっとだけ私は――いや、何でもない。