無限ループの夏(1)
「……あなたも盗られたんだ?」
四人目の被害者、桐谷《きりたに》真由《まゆ》は派手な金髪を無造作に掻き上げながら、質問者である私に質問で返した。
「ええ……まあ」
「へー。あたしだけじゃないんだね。で、その件を調べてるんだ。ね、ハンニンの目星とかついた?」
「いえ、まだ調査を始めたばかりなので」
あくまで私は新聞部の記者で、探偵でも警察でもない。言うならばただの女子高生だ。でも、犯人を探しているのも嘘ではないし、わざわざ強く否定することでもないし。
「ところで、どんなパンツだったの? あなたのは」
「へっ?」
「へっ? じゃなくて。盗られたやつよ。あなたが」
「いや……あの……」
「ほら、なんか共通点があるかも知れないじゃん? ハンニンの趣味嗜好みたいなのがわかるかも知れないよ?」
「…………ピンクの……サイドストリングの……」
「うひゃー。攻めたねー、あなた。あたしでも持ってないわー」
あ、あれ? 何だか形勢が不利だ。多分私の顔は盗られたパンツ並みに赤くなっているだろう。沸き起こる恥ずかしさを、相手の警戒を解くのにはこれが有効なのだ、円滑な取材のためだ、などと言い聞かせる。
「あたしのは、ごくフツーの白のやつよ? まあ、ケーサツに言うほどのもんじゃないけどさ。でも、戻ってくるもんなら、その方が嬉しいけどね」
サバサバした口調の中にも、時折悔しさが見え隠れしている。それはそうだろう。
「あ、そう言えばさ。盗られたパンツの代わりに、こんな紙切れが置いてあったの。意味わかんないよね! 何か気持ち悪いんだけど、手掛かりになるかと思って捨てずに取っといたんだ。ね、どう思う?」
そう言って真由が取り出した紙切れを見て、私は目を見開いた。
for (;;) {
delete pants;
}
……あった。
あの日、私のパンツの代わりにも、同じ紙切れがあった。
▼
「あー。……あんまり公にしないでもらえませんか?」
三人目の被害者、|城ヶ崎《じょうがさき》|紗夜《さや》は、恥ずかしがりながらも取材に応じてくれた。
上級生との対面での会話、取材内容の気恥ずかしさ。それらを差し引いたとしても、とてもおとなしい印象の子だ。
眼鏡の奥の伏せた瞳が、落ち着きなく動いている。
「秘密は守るわ。それで、盗られた時の状況なんだけど……」
「プールの授業の後です。更衣室から無くなっていて……」
やはり。全員の共通点が一つ見つかった。
「……ちなみに、なんだけど。……その、言いにくかったらいいんだけど……盗られたのは、どんな……」
「……黒、です…………レースの……」
初々しいお見合いのようで全然違う会話。なんだこれ。
「あ、あと……関係あるかどうかはわからないんですけど……パンツの代わりに、紙切れが置いてありました」
「ひょっとして、これかしら?」
「……あ、確かに、こんな感じのことが書かれていました。もう捨てちゃったんですけど」
真由から預かった紙切れを見せたところ、紗夜は眼鏡の位置を直しつつ、予想通りの答えを返してきた。
もう一つの共通点。変わった英文の書かれた紙切れ。
考え込む私に、心配そうに紗夜が言う。
「あの、犯人、見つかりそうですかね」
「……きっと、見つけてみせるわ」
だから私は新聞部の記者で、探偵でも警察でも……
でも、心の底から湧いてきた使命感のようなものに、私の口は自然に動かされていた。
彼女は、弱々しく微笑んだ。
▼
二番目の被害者は、私だった。
実際に体験してわかったことがある。
こういう時、驚きや悔しさといった感情は不思議とすぐには湧かない。
ただ、真っ白になった頭で呆然とするだけだ。
憂鬱なプールの授業が終わり、更衣室に戻った私は、着替えの入った袋を開け……異変に気付く。
あるべき物がなくなっていた。言うまでもなく、パンツである。
しかも、かなり濃い目のピンクのやつだ。見落とすことは考えにくい。現に、授業の前までは確実に入っていたことを確認している。
「らめ、どうしたの?」
近くで私を呼ぶ声が聞こえる。クラスメイトで親友、灰住《はいずみ》真凛《まりん》の声だ。
ちなみに、らめとは私、茨目《いばらめ》奈乃《なの》を略したものだ。
聞き慣れた親友の声。それでも、このふわふわした頭では、認識するのに多少の時間を要した。
「らめ、ひょっとして、だけど……下着がなくなった、とか?」
私の耳元に口を近づけ、小声で囁く真凛。私は小さく頷いた。
「……やっぱり。実はさ……やられたんだ、こないだ。私も」
「真凛も?」
「実はさ、前のプールの授業の時に無くなってて。誰にも言わなかったんだけどさ。だから、らめもひょっとして? って思ったんだけど」
やっと頭がはっきりしてきた。私だけじゃなかったのか。
「だからさ、また無くなってもいいように、何枚か持ち歩いてるんだけど。使う?」
そう言って真凛は自分のパンツを差し出す。
地獄に仏とはまさにこのことだろう。その白い布は聖なる光をまとい神々しく光り輝いている、ように見えた。
「……ありがと。使わせてもらうわ」
着替えのパンツが入っていた袋の中に、例の紙切れを見つけたのは、その日の夜になってからだった。
▼
「らめ、何かわかった?」
新聞部の部室。
向かいの机の上には真凛が座り、足をぶらぶらさせている。
T高校パンツ連続盗難事件。
名前をつけて看板に書いて捜査本部の入口に掲示するとしたらこうなるだろう。
前を通るのも恥ずかしい名前。だが、盗られた本人からしたら切実な問題だ。
私は新聞部の記者として、この事件を徹底的に追いかけると決めた。
自分が被害者というのもある。卑劣な犯人に怒りを覚えているというのもある。
だが一番大きいのは、何より今までにない刺激的なネタだった、ということだ。退屈な学校生活に突如舞い込んだ事件。私がやらずに誰がやる、という今までにない使命感に燃えていた。
「んー、とりあえず事件の概要は見えてきた」
今まで取材したことをまとめてみよう。真凛にも手伝ってもらおうか。
「まず……被害にあったのは私たちを含めて四名。今のところわかってる被害者はそれだけ」
「うん。あと二人もいたとはねー」
「時系列で言うと、私は二番目の被害者。私の前に真凛。私の後に、城ヶ崎さんと桐谷さん」
「しかし、よく見つけたね。さすが新聞部だわ」
「地道に聞き込みしたのよ……我ながら頑張ったよ」
続いて、事件の共通点について。
「まずは、盗まれたのがパンツである、ということ」
「そうだねー。あとは、プールの授業中の犯行だということかな」
「色はバラバラ。水色、ピンク、黒、白……」
「そして、一番の謎が……はい、茨目さん」
真凛はインタビュアーを真似て、存在しないマイクを私に向ける。
「……残された謎の紙切れと、そこに書かれた文字」
そう。このメッセージこそが、単なる窃盗事件ではないことを物語っている。
「うーん。なんか、こんな感じの英文、どっかで見たことがある気がするんだよねー」
紙切れを持ち上げ、光に透かすように眺める。裏返したり、表を向けたり。
「らめ、そう言えばさ。こういうの詳しそうな部活に心当たりがあるんだけど……」
真凛の言葉で、私も今思い出した。
この書き方は、コンピューターのプログラムなんかで使われる書き方だ。少なくとも、私にはそう見える。
そして、プログラミングの知識・技術を専門に扱う部が、この学校に存在する。
二人の声がハモった。
「……情報処理部」