福井市において中央1丁目1番1号で作成されたノート

 まだ自動化されていない改札を抜けて約八十歩。「西口」と書かれた出口の外には、真新しいバスターミナルと一際高いビルが出迎えてくれる。JR福井駅前の光景が今のようになったのは半年程前のことだ。この光景が視界に広がるたびに私はキミの事を思い出す。

 かつて「生活倉庫」と呼ばれていたショッピングセンターの廃ビルが取り壊されて、代わりに二十一階建の複合ビルが建った。そう言ったらキミはきっと驚いて目を丸くするだろう。キミの目や表情はもう気持ち良いくらい正直で、そう言えば精密採点などというあだ名を昔つけたこともあった。今の話だってきっと中々の高得点を叩き出すに違いない。

 そのビルの一階にあるテラスでは毎週のようにイベントが開催され、昼夜を問わず賑やかな駅前へと変貌を遂げた。私たちが学生だった頃には想像し得なかった光景だけれど、やっぱりなんとなく嬉しい。今を学生として生きている後輩達には、この場所でたくさんの思い出を作って欲しいと心から思う。

 そう言えばキミの好きだった商店街も徐々に変わってきた。シャッター街などと言われていた一帯だけれど、キミはこのレトロな雰囲気が好きだと言って何度も一緒に足を運んだ事を思い出す。今では美容関係や雑貨屋、はたまた猫カフェといったお店が次々と出来て活気を取り戻しつつある。昔キミは若い女の子達が毎日通いたくなるようなお店を空き店舗を借りて自分でもやってみたいと力説していた。きっとその頭の中には素敵なお店が存在していたのだろう。その願いは叶わなかったけれど、キミと同じ夢を見た人は他にもいて、その誰かが実現させてくれたんだと思う。

 駅舎の方を振り返る。そこには今にも動き出しそうな立体的な恐竜の絵が大きく描かれている。一方駅前広場には三体もの恐竜のロボットが実際に首を上下に動かして鳴き声まで上げている。キミはきっとそれを見ながら、福井県はちょっと恐竜を推し過ぎかもね、と冗談っぽく笑うのだ。けれども恐竜が鳴き声を上げるたびに自分も歓声を上げ、スカートを翻しながらくるくると踊り、目を輝かせながら幼い子供のようにはしゃぐのだ。

 駅舎と言えば、北陸新幹線を迎え入れる準備も着々と進んでいる。新幹線なんて遠い夢物語みたいに思っていたけれど今ではかなり現実味を帯びている。かなり先走って建設された新幹線用の高架は、今はえちぜん鉄道が一時的に間借りして運行しており鉄道ファンに人気だ。みんなが一致団結してこの地を盛り上げていこうという気持ちが伝わって少し嬉しい。

 他にも変わったところはいくつかあって。福武線の福井駅前駅は本当に福井駅の真ん前まで延伸された。そう、あのスクランブル交差点を突っ切って。お洒落な車体が駅前の光景にさらに彩りを添え、こっちも鉄道ファンが良くカメラを構えている。それからバス乗り場が移動した影響で、元々バス乗り場だった場所の人通りがかなり少なくなったそうだ。たこ焼き屋のオーナーさんが売り上げがガタ落ちしたと嘆いていた。キミだったら集客の為にどんな提案をするだろう。きっと突拍子も無い、けれども皆の頬が少し綻ぶような楽しいアイディアを出してくれるに違いない。

 朝夕の風はかなり冷たくなってきた。これから福井駅前は様変わりしてから初めての冬を迎える。雪国の人間からは歓迎されない季節だけれど、昔は純粋に冬を楽しんでいたはずなのだ。そう、積もった雪にはしゃいでいたキミのように。今年くらいはキミに見習って、一度しかない今年の冬を満喫しようかと思う。

 バスを待つ学生達を眺めながら思う。記憶の中のキミも制服(ブレザー)のままだ。私はもうスーツを着る年齢になった。この姿を見たキミはおそらく全然似合わないよとけらけら笑うだろう。できれば色っぽいとか大人っぽいとか言われると嬉しいのだけれど、そこまで年齢を重ねたわけじゃない。街の景色はこんなにも変わったくせに、私はまだそんなに大人になれていないことが多少腹立たしい。

 信号が青になった。私は歩き出す。この景色は明日になるとまた少しだけアップデートされる。あのカラオケ店も居酒屋も去年とは別の店だけれど、どんな名前だったか看板だったかもう忘れてしまった。昨日より前の光景は、仕事や人間関係やストレスや色んなものに押し出され記憶から振り落とされ雑踏に消えていく。

 せめて今日、この日の光景だけは記憶に刻み付けておこう。なんでもない日だけれど、いつかふと思い出すに違いない。キミとの日々がそうであったように。いつか宝物になる日まで大事にしまっておこう。