自警装甲ハマサカヘヴン
自警装甲ハマサカヘヴン
「これは……ロボット、ですか」
中学校の英語の教科書に出てきそうな間抜けな問いだ、と自分でも思ったが、それ以外の言葉は浮かばなかった。
埃臭さと男臭さが漂う消防団の詰所。こじんまりとした車庫の中にあったのは、消防車……だけではなかった。その隣にもう一つ、目を引く大きな物体が並んでいる。色こそ、確かに消防車に負けないくらい赤い。赤さをこれでもかと主張していたが、消防車の形とはかけ離れていた。
それは、人のような形をしていた。
「まー、ロボットやな。人によっては、乗り込み型のパワードスーツとか|言《ゆ》うかも知らんけどな。大きさがどうとか言うて」
「はあ」
どっちにしろ、田舎の消防団が持ってるものじゃないよな……と僕はそのロボットもしくはパワードスーツを見上げる。高さは2メートル半、といったところか。まだ新しいその機体は、小さな窓しかない薄暗い車庫の中でも輝きを放っている。
「申請したらな、上手いこと|買《こ》うてもろてん。なんせ|浜坂《ココ》は、|浪電《ろうでん》がついとるしな」
消防団の現団長、中村さんが誇らしげに語る。ちなみに|浪電《ろうでん》とは、近畿地方を営業区域とする電力会社、『|浪速電力《なにわでんりょく》』のことだ。
ここ、|浜坂《はまさか》地区を含むこの地方一帯は、原子力発電所が数多く立ち並ぶ地として有名である。そのおかげで、電気代が安いとか交付金をもらえるとかいうことでも有名だ。電力会社にねだれば箱物だっていくつも造ってもらえる。ねだればロボットだって買ってもらえる……というのはさすがに知らなかったが。
「……なんで、|買《こ》うてもろたんですか?」
「そら、消防活動のために決まっとるわな」
団長は得意げに胸を張る。
……僕が実家を離れてから、10年の月日が経っていた。高校を卒業後、東京の大学に通うために実家を離れ、そのまま都内のIT企業に就職したのだが……そこは悲しき長男の定め。実家に戻るよう懇願する両親のため、いわゆるUターン転職で地元に戻ってきたばかりなのだが……
早々に話を聞きつけてやってきたのが、この団長である。消防団への熱烈な勧誘であることはすぐにわかったし、半ば覚悟していたことだ。地元に暮らす同世代の若者は減少の一途を辿り、ましてや消防団に参加する者は実に希少な存在だ。声がかかるのは当然と言える。しかし……
とりあえず誘われるがままに覗きにきた詰所で、こんなものに出くわすとは思わなかった。10年という月日の重みを改めて実感する。
「消防活動って……あの……」
「ところでやな」
団長の大きな声に、自分の声はかき消される。
「ほら、1|歳《コ》下に達彦っておったやろ。あいつがな、転勤で県外に行ってもうてな」
ああ、確かにいた。活発で頭もいい奴だった。高校生の頃の顔しか思い浮かばないが。
「で、パソコンとかわかる奴がおらんようになってもうてな」
……?
確かに僕はSEで、これまでの会社ではPCやサーバーのメンテナンスをやっていたし、家族や友人に頼まれてエクセルやらなんやらの無償サポートを行なっている。だからといって、目の前のロボットと何の繋がりがあるのかはよくわからない。ITパスポート試験にだって、ロボットにまつわる項目は無かったはずだ。
「せやから、お前に乗ってもらおう思て呼んだんや」
「……え」
いやいやいや、『せやから』の意味が全くもって理解できなくて……
「いや、しかし、こんなもの見るのも初めてで……」
「コンピューターとか強いんなら、こういう機械モノもいけるやろ。頼むで」
恐ろしいことに、団長は本気で言っているようだ。これまでも、こっちを魔術師か何かと勘違いしているのではないか?という要求を、|顧客《クライアント》やITに詳しくない友人から何度も聞かされてきたが、そのレベルをさらに超えている。
「ほんまやったら、ワイがこれに乗りたかったんやけどな。見ての通り、こんなんやさかいな」
と団長は、たるみきった腹の肉をつまんでみせる。実際、団長のサイズは縦にも横にも前後にもかなり大きい。重量やサイズの問題で、この団長用のロボットを製造するのは困難だったのだろう。
「ま、とりあえず乗ってみっか。すぐ動くさかい」
「そんなに簡単に動かせるんですか?」
「そら、すぐに動かんかったら、火ぃ消されへんやないか」
さも当然という口調で団長は言う。それはまあ、理にかなっている。
僕は、真っ赤なロボットの反対側に回り込み、さらにじっくりと観察してみる。
まず目に付くのは、腰のあたりから太いケーブルが伸びていることだ……いや、これはどうやら、ホースのようだ。消火活動に使われるあのホースと同じものが、ロボットと消防車の間を繋いでいる。もしかして、これで水を送り込むのか……消火のために?
「あの、このホースは……」
「ええから、さっさと乗ってみいや」
団長はそう強い口調で言うと、ロボットの背中にあるハッチを開けた。
(続かない)