モデルケース

『はい、つぎは おゆうぎ の じかん ですよー』

 大きなモニターに映し出された文字に従い、園児達は粛々と移動を始める。
 皆、一言も発さない。物音一つ立てない。
 床一面に分厚い絨毯。その上で園児達は、保育士の動きに合わせ、静かに、ただ静かに踊る。

 一つだけ、不幸なことに、片付けられずに床の上に転がっていた小さなボールがあった。さらに不幸なことに、一人の園児が気づかずにそのボールを踏み、大きくバランスを崩した。

「あっ」

 そう、園児の口から言葉が発せられた――いや、発せられようとした瞬間。
 近くの保育士が、躊躇することなく手に持ったバットで園児の頭を叩き割った。

 一撃で事切れる園児。飛び散る血飛沫。しかし、他の園児は声一つあげない。
 降り注ぐ血に顔を染めつつ、誰一人泣かない。騒がない。
 口を開いた瞬間、自分も同じ境遇になることは、幼心にもわかっているからだ。

 ……絶対に、一切の声を発しない。それが、今の保育園に求められるルール。

 園児が騒音を発した場合は、その騒音を止めることを最優先とする。
 園児の安全よりも、命よりも、静寂の方が優先される。
 保育園の建設にあたり、近隣住民と交わされた取り決めである。
 もちろん、誓約書にも明記されている。保護者は全員同意している。そうしないと入園できないからだ。

『保育』とは、幼児が安全に生きる術を教育することである。
 騒がない。喋らない。うるさくしない。物音を立てない。
 それらは、生きる為に真っ先に教育すべきことだ。

 近所迷惑にならない。
 大人達に逆らわない。
 地域の和を乱さない。

 そのルールの中、幼少期の三年もの間、一言も話さずに生活できた者。その者だけが生き残り、次のステージに進むことを許される。

 無事生還した園児達が次に学ぶこと。それは、『子どもらしく外で遊ぶ』こと。
 最近の子どもは外で遊ばなくなった。私達が子どもだった頃は、みんな元気に公園を走り回って……    そう無責任に言い放つ、大人達の欲求を満たすために。