1-1 三上尚子、焦る

　三上尚子《みかみなおこ》は焦っていた。

　恋愛関係？そう、研究一筋でここまで来たけど、もう今年で27だし、親も結婚についてプレッシャーをじわじわとかけて来るし、そろそろ人生を見つめ直す時期に来たかもとは思っているけど、現状差し迫る問題は残念ながらそこではない。というか余計な御世話よ。

　老化現象？なにそれ焦っても困ってもないよ。と言うか二番目の選択肢がよりによってそれ？ミス敦賀を捕まえといて？まあミス敦賀は言い過ぎだけど。嘘言った。

　仕事関係？きたきた、君はなかなか鋭い。この、目の前に広がる機械をいじくり回すことで毎月のお給料が発生し、んで今私を困らせてる主要因は目の前にある機械にあるので、そういう意味ではその推察はおおむね正しい。及第点だ。

　ピーピーと耳をつんざく警報音。センスの欠片もなく光る赤色灯。予算をケチったことに今更後悔する。こういう緊急事態な時こそ、ほらあれ、ドビュッシーとか流すべきだと思わない？実際流れたら流れたで腹わた煮え繰り返ると思うけどさ。あとドビュッシーって誰よ。なに人？ 　気分を落ち着けるため煙草に火を付ける。いや、落ち着いてるよ？バリバリ平常心よ？アルファ波出まくってるでしょ？でも、何かこう、あるじゃない？煙をくゆらせるべきシーン、的なアレが。わかる？ワンカット挟む的な。 　去年から禁煙となったはずの中央制御室の引き出しから、いつ撤去されてもいいよう大量に隠し持っていた予備の灰皿を引っ張り出した。残りの灰皿がガラガラと崩れ落ち床に散らばる。 　というかこの状況で私一人ってどういうこと？まあ一人でいいって言ったの私なんだけど。研究費がどうこうとか言うからさ。でもこんな時に誰もこないって、ねえ？

　操作パネルに所狭しと並んだ計器やスイッチ。そのうち、ひときわ大きなランプの表示が緑から赤に変わった。さらに増す警報音。 　あー、あれ、かなりコアな部分だわ。ribbonで言うところの永作博美の部分だわ。あれがやられるとキッツいなー。永作抜けるとイタいわー。 　この状態を何と例えよう。四面楚歌？背水の陣？とっさに中国の故事が出るあたり、醸し出すインテリ感が隠しきれない私。え、もっとわかりやすく？そうねえ、キングボンビー押し付けられてキングデビル引いて牛歩カードくらった感じ？もうリセットしかないわね。この機械のリセットボタンどこかしら。

　あらゆる計器の針が徐々に左に倒れていく。 　このシステム止まったら敦賀はどうなるんかな。死ぬんかな、私。最期に甘いものいっぱい食べたいな。福井の冬といったら水ようかんと豪雪だもんね。あ、越前がにでもいいよ？人のお金でだったらお腹いっぱい食べるから。もう気にしなくてもいいんだっけ？じゃあ生き残ったら払っといてね。あとは……

　足元から響いた振動と爆発音。同時に、全てのランプが赤に変わった。

　19時47分。 　敦賀市エネルギー制御システムはその機能を完全に停止した。