4-3 藤沢那子、炎を纏う

4-4 藤沢那子、魂魄と再会する

 一歩進むごとに、辺りは仄暗く、空気は冷たくなるように感じられる。  私は、森の中へと恐る恐る足を踏み入れていく。初めてお化け屋敷に入った時の記憶が蘇る。仮にこの姿を背後から見たら、もう悲しいほど頼りなさ全開だろう。  測定器《サーベイメータ》で敵――魂魄《こんぱく》の位置を確認する。方向は、合ってる。距離は――この歩幅でいくと、あと約百歩といったところか。

 友人の杏《あん》が語る夢に対して小馬鹿にしたような言い方をしてしまったこともあるが、私だって魔法少女とか美少女戦士とかいう存在に憧れがなかったわけではない。今回、拉致――もとい送迎されている間、そのことを考えていた。すなわち、その架空の物語に生きる彼女たちと、今から同じ体験をするのではないか、と。この炎を纏う槍を手に。  戦う意味。私である理由。それは、まだ完全には理解しきれていない。彼女たちも、初めは見えないところで同じような自問自答を重ねていたのだろうか。

 静けさを増す森。無機質に白く塗られた光景が、余計に現実味を薄れさせていく。私は今、戦地に赴いているはずなのだ。なのに、足元がふわふわとして落ち着かない。不安だけが膨れ上がる。  それでも、一歩ずつ、ゆっくりと検出箇所《ホットスポット》に向けて近づいていく。

 そして。

「……いた」  三ヶ月ぶりに、私は魂魄――ゆらゆらと動く雪山状の生命体と再会した。  言いようのない嫌悪感。もう嫌だ、そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。

 今からやるべきことは十分わかっている。  槍の穂先から炎を放出し、魂魄の中心に叩き込む。  言葉にすれば、ただそれだけのこと。可能なことも先ほど実証済みだ。だけど。

 汗で滑りそうになる槍を強く握り直す。穂先の火力が一気に上昇した。慌てて緩める。  どうもいまいち調整が難しい。油断すると前髪を燃やすかもしれない。後で練習しないといけないな。 ――こんなことが今後も続くのなら、だけど。

 どれくらい近づけばいいだろう。初戦《ファーストコンタクト》を思い出す。あの膨張速度をできるだけ冷静に計算する。目で追えないほどのスピードでもない。動かない、と思いこんでいたものが急に動いたから驚いただけで、事前に知っていれば十分対処可能だ。だから大丈夫、私。恐れるな、私。

 足を止める。  目標まで槍二本分。私の反応速度で対応出来ると思われるギリギリの距離。敵の攻撃が届く前に、炎を叩き込めばこちらの勝利だ。大丈夫、私。 ――行くよ。  私は槍をこれでもかと強く握りしめた。

――炎は、灯らない。 「……え?」  もう一度強く握る。炎は、灯らない。 「な、なんでよぉ」  ちょっと、約束が違う。握り方がさっきと違っているっていうの?それとも充実した気勢と適正な姿勢が必要とか言うの?剣道みたいに。まさかガス欠?さっき調子に乗って、いや調子に乗ってたわけじゃないけど、無駄に火力上げたりしてたから?どうしたらいいの?

 魂魄が動き出した。  私に覆いかぶさるように、ゆっくりと膨張していく。こいつ絶対私のことバカにしてる。  もう一度槍を構え直し力を込める。炎は、灯らない。  だめだ、距離を取らなきゃ。そう思って後ずさった一歩目で私は足を取られ、無様に尻餅をついた。

 ああ、まただ。自分の無力さに絶望するのは三ヶ月ぶり二回目だ。  さも魔法少女になれるかのようなシチュエーションに翻弄され、その気になった途端になり損ねた、志半ばで消えていく哀れな少女か。  私には、なれなかったのだ。情けなくて悔し涙が頬を伝う。  思えば死を覚悟するのも三ヶ月ぶり二回目か。

 そこに現れたのは、  一閃の電光。

 私の真後ろから魂魄に向かって一直線に走った電光。ぼんやりと光に包まれた魂魄はのたうつような仕草を見せ――やがて、消えていった。  既視感のある光景。驚いて振り返る。  そこに居たのは――

「やっほー。正義の味方、登場」 「杏!」  そこに居たのは、部活の最中であるはずの親友だった。