1-6 藤沢那子、安堵する

2-1 飴田瑶、怒る

 年が明けた。敦賀も例外ではない。

 昨年末、12月9日の夜半から降り始めた雪は止むことを知らず、結果的に敦賀史上に残る記録的な豪雪となった。福井県の大動脈である国道8号線が3日に渡って麻痺するなど、交通や市民生活に多大な影響を与え、大混乱のままその年は暮れてゆくこととなった。  年明けと共に雪の勢いは弱まってきたものの、今でも交通量の多い車道以外は雪がうず高く積み上げられ、大きな爪痕を残している。

 そんな年明け早々、敦賀高校の冬休みももうすぐ終わろうかというある日。  敦賀市木崎にある喫茶店、珈琲家2号店に私――飴田瑶《あめだよう》はいた。向かいの席にはもう一人。

「あけましておめでとう、瑶」 「……おめでとう」  まったくもってめでたくない。むしろ新年から不愉快である。隠すつもりもないので相手にも伝わっていると思うが、そんなことを気にも留めない相手であることもよく知っている。なにしろ従姉妹同士、付き合いは長い。 「相変わらず忙しくってさー。新年のあいさつにも行けなくて悪いわね」  そう言って彼女――三上尚子《みかみなおこ》はコーヒーをすする。本当なら煙草の1本や5本や10本も吸いたいのだろうが、未成年の手前ちゃんと我慢しているあたり、良心の欠片は残っているようだ。

「忙しいだろうから、本題から入るよ」 「おー。相変わらず人当たりがキツイわねー。昔は可愛かったのにねー。花飾りとかくれたりして」 「去年の12月9日」  彼女に会話の主導権を与えると話が全く進まない。強引に本題を切り出す。 「山泉《やましみず》の件。当然知ってるよね?」

 初めに話を聞いたのは、友人の天谷瑞希《あまやみずき》からだ。  山泉地区にのみ出現してすぐに消えた雪のような現象があった、何か知らないか――あまり俗な話題を口にしない彼女が真剣な顔で聞いてきたので、勘違いや根も葉もない噂の類ではないことはすぐに理解した。ただ、彼女は元々人生の九分五厘くらいは真顔での生活なのだが。  ただ問題は、それを瑞希から聞いたのが二学期の終業日だということ。しばらく忘れていたが、顔を見たら思い出した、とのことだ。その時の私はもちろん、そのような現象があったことは知らなかった。また、すでに半月も前の話であり、しかも記録的豪雪というセンセーショナルなニュースにより人々の記憶が上書きされた後。その日に捕まえることができた何人かの知り合いに聞いてみたところ、やはり大半は知らなかったが、わずかながら同様の噂を聞いた者がいた。そのような現象があったのはどうやら本当らしい。

 では、誰が、何の原因で?  それを考えた時――  私には、幸か不幸か、やらかしそうな人に一人だけ心当たりがあった。しかも、かなり近い身内に。

「ああ、《《人工降雪機の誤作動》》の」  思わぬ答えが返ってきた。 「……人工、降雪機?」 「知らない?スキー場とかで、人工的に雪を――」 「そういうこと、聞いてるんじゃない」  相変わらず、人を食ったような返答だ。どうも彼女相手だと調子が狂う。 「――12月9日未明、開発中の新型人工降雪機の試験運転中、誤って山泉地区に人工雪を散布した。――《《本部》》からは、そういう発表よ」

 つまり、瑞希が見た現象は、人工降雪機が誤って降らせた雪によるものだという。  ピンポイントで雪を降らせる最新鋭の機能により、山泉地区にしか降らなかった。雪をより白く見せる技術により、少量でもくっきりと白く見えた。少量なので、日の出と共にすぐに溶けて消えた。 ――という理屈らしい。屁理屈なりに筋は通している。もちろん、信じるつもりなどない。

「尚子さん、《《本当は》》、何やらかしたの?」 「だから、今までにない画期的な人工降雪機だって。けど、ちょっと失敗しちゃった。てへ」 「とぼけないで」

 怖い視線をしてるだろうな、と自分でも思う。  嘘だ、というのはわかりきっている。はぐらかされるのも百も承知だ。それでも、こぼれ落ちる言葉や仕草の断片をつなぎ合わせ、納得のいく答えを自分で組み立てなければならない。 「…まあ、言えないこともあるからねー。業務上の、あの守秘義務ってやつ?」  申し訳なさそうな顔をする。顔だけということもよくわかっている。 「知らない方が幸せ、っていうこともあるからねー。ほら、浮気なんかもさ、バレた時点で浮気になるけど、死ぬまで隠し通せたらそれはもう真実じゃん?わかる?まだ早いかなー、コドモには」  暗に嘘であることを認めているように聞こえるが、それも承知で話しているのだろう。

「言いにくい事があるのはわかってるし、仕事上の事を私が聞くのも、確かに変な話なんだけど」  彼女の目をじっと見つめる。どんな小さな表情の変化も見逃さないように。 「なんか、深刻な事態になってるんじゃないの?」  なんとなく、嫌な予感がモヤモヤと胸の奥底でずっと渦巻いている。払拭できる方向に淡い期待を抱いてこの席を設けたのだが、予想どおりというか何というか、より大きく成長させてしまったようだ。 「………瑶」  急に真剣な目でまっすぐにこちらを見つめ返した。やや緊張が走る。 「ケーキ頼んでいい?」

…いくつでもどうぞ、と返答しながら、この危なっかしい従姉妹の動向には気を配っておく必要がある、と私は改めて心に決めた。  仮に、仮にだが、この後敦賀に大事件が起こるとしたら、鍵を握っている可能性がかなり高い。  嫌な予感が外れてくれるに越したことはないのだが。