2-3 天谷瑞希、飴田瑶に提案する

2-4 藤沢那子、ミルフィーユを積み重ねる

 居づらい。

 強烈な居心地の悪さがミルフィーユのように積み重ねられ、私――藤沢那子《ふじさわなこ》を圧し潰しにかかる。女三人寄れば姦《かしま》しい、と昔の人は言ったようだが、女四人寄って重苦しいという感じか。案外他の三人は平気で、場違いなのは私だけなのかもしれないが。

 珍しく真面目に参加していた弓道部の部活動の最中、急に受けた呼び出し。  生徒会室まで来るよう言われたのだが、まず生徒会室の場所がわからない。というか、存在自体を今日初めて認識した。言われてみれば生徒会があるんだから生徒会室があってもおかしくはないのだが、今まで全く縁がなかったので認識すらしていなかった。自分の母校ですら、まだまだ知らないことが沢山存在する。

 そんなこんなでなんとか探し当てた、初めて入る生徒会室。失礼します、と扉をくぐると、そこには敦賀高校が誇る錚々《そうそう》たる顔ぶれのメンバーが待っていた。

 天谷瑞希《あまやみずき》。  言わずと知れた、我が敦賀高校の現生徒会長。特進クラス所属で成績優秀。さらには剣道部主将という輝かしい肩書を持つ。長い黒髪を深い緑色のリボンで結びポニーテールにしている。凛とした出で立ちと言動から、男女、先輩後輩、さらには校内外を問わずファンは非常に多い。

 飴田瑶《あめだよう》。  同じく特進クラス所属。それどころか、入学以来学年トップの成績を守り続ける秀才。特定の運動部には所属していないものの、その類まれな身体能力を渇望する声は多い。やや小柄で可憐な容姿とクールすぎる言動で、こちらも幅広いファン層を獲得している。

 張籠杏《はりかごあん》。  彼女の顔を見つけて、かなり緊張感が和らぐ。彼女も部活動中に呼び出されたのであろう、火照った身体から吹き出る汗をタオルでしきりに拭っている。  私の幼馴染である杏、実は陸上界では広く名が知られた存在である。陸上競技では全国屈指の強豪校である敦賀高校。その陸上部において、短距離走の絶対的なエースなのだ。また中長距離走はもちろん、すらりと伸びた長い手足を生かし、ハードル、走高跳や走幅跳まで卒なくこなす。  また、天真爛漫で物怖じしない人当たりの良い性格は、誰からも好かれている。ややオレンジがかったショートヘアと屈託のない笑顔は、私の目から見てもかなりチャーミングだ。

…言ってて落ち込んできたよ。全員同級生なのに、なんだろうこの気後れ感。私ってなんなんだろう。頭脳は並。身体能力も並。容姿は…並。ひいき目に見ても中の上。社交力、なし。誇れる特技、なし。萌え要素、なし。 …私ここに居ていいんだろうか。バーターで番組に出てる駆け出しのアイドルがこんな気持ちなんだろうか。

「張籠さん、藤沢さん。部活動中に急に呼び出して申し訳ない」  口火を切ったのは、この部屋の主、天谷さんからだった。堂々とした声。間近に聞くのは初めてだ。ほんとに同い年だろうか。人気があるのも頷ける。 「はじめまして」  おずおずと返事する。それに比べ、私の声のなんと弱々しいこと。劣等感のミルフィーユがもう一段高くなった。

「二人は」  次に話し始めたのは飴田さん。可愛らしい、しかし自信に満ち溢れたよく通る声。 「山泉に住んでいると聞いてる」  杏と私、こくこくと頷く。 「聞きたいのは、去年の12月9日の朝のことよ」  その話か。やっと納得がいった。 「あの真っ白になった日の?」  と杏。まだ身体からはほのかに湯気が出ている。 「そ。何か見たこと聞いたこと、全部教えて欲しいんだけど」 「あたしは、あの日那子に起こされて――」 「私から話します」  私が話した方がいいだろう。杏と目配せし、軽く咳払いする。

「朝、外を見たら、すべてが真っ白でした。時間は7時頃、日の出の直後だったと思います」 「ちなみに、私が見たのは6時半頃だったか。まだ暗かったが、白く染まっていたのははっきりと見えた」  天谷さんが補足する。 「すぐに外に出て確認しました。白いものは、雪ではありませんでした」  なんでこんな緊張感のある敬語なんだろう。全員同い年なのに。ただ、フランクに話そうとすると逆に不自然になりそうなので、このままの口調で続けることにする。

「成分は、はっきりとはわかりませんが――重曹、ベーキングパウダー、そんなようなものに見えました」 「重曹……」 「パンケーキを作る時によく使うよ」 「靴に入れて臭いを消したりするな」  ガールズトークのような、全くそうでもないような、微妙な会話が飛び交う。

「それで、その後、杏を連れて外に探索に出たんですが――」

――言うべきか、言わざるべきか。話し始めた時からずっと悩んでいた。荒唐無稽《こうとうむけい》と笑われてもおかしくない出来事。自分でも事実だったのかだんだんあやふやになる記憶。それでも、受け入れられるかはどうあれ、この場では話題に挙げておいた方がいいだろう、おそらく。もう一度杏に目配せし、口にする。

「そこで、動く雪山に遭いました」