4-5 藤沢那子、抜け駆けを非難される
「ちょっとー、抜け駆けしちゃダメじゃん、那子」 正義の味方は怒っていた。 「那子はあれなの? 友達のオーディションに付いて行って自分だけ受かるタイプなの? 友人が狙ってる子に自分が告白されて友情と愛情の狭間で悩むタイプなの?」 怒りのあまり例えもなんだかよくわからない。要は、自分が置いてけぼりのまま戦いが始まったことに怒っているらしい。当方、そんなつもりは全くないのですけど。
形はどうあれ、私はまた杏に危機を救われたことになった。 後で聞いたところによると。 杏は、車で拉致、もとい送迎されている私をランニング中に偶然発見し、後を尾けてきたらしい。……今さらりと言ったが、あの尋常じゃないスピードで暴走する自動車を、自分の足で走って追いかけてきたことになる。この子、ほんとに生身の人間か?我が友人ながら。 で、三上さんは三上さんで、私を送り出した後、ぼうっと待っていたわけではない。拉致、もとい送迎中にバックミラーにちらりと映った杏の姿を覚えており、もしやと思い引き返したらしい。 ……この人たち、すごくない?
で、天性の脚力と嗅覚を頼りに後を追った杏が三上さんと合流し、もう一つの宝貝《ぶき》――金棍、というそうな――の説明を受けながら現地に戻るまで七分。手にとって使い方をマスターし私の後を追うまで、その間何と十五秒。驚異のハイスコアだ。おそらく、事前に何度も脳内シミュレーションしており、すんなり受け入れることができたのだろう。さすがは本気で魔法少女を志すだけのことはある。
「さて……この後で、任務《バイト》の内容について正式に説明はさせてもらうけど」 私と杏の顔を見比べながら、三上さんは言う。 「とりあえず、初仕事おつかれさま。ありがとう、二人とも」 初仕事、だったのだろうか。結局私は、自分の無力さを再認識しただけで終わってしまった。 ただ。不思議なことではあるが、逃げ出したいという気持ちはもう存在しなかった。ふつつかものではありますが、もしよろしければこの任務《バイト》をもう少しだけ続けてみたい。いや、この任務《バイト》が必要なくなる日までは。
「……はいはい」 三上さんの耳に装着された双方向無線機形宝貝《トランシーバー》に着信があったようだ。……ちなみに、これも崑崙《こんろん》の技術で動いているらしい。
「……もしもし桃ちゃーん。……そう、ありがとねー。ほんと助かるわ。…………ああ、もう大丈夫。こっちはこっちでね、何とかなったから。…………もう、ほんとに可愛いわねー。今度いかがわしい行為でもしちゃおうかしら。……ああ、そう。……今度、新しい任務《バイト》仲間、紹介するから」 会話の相手は、ほぼ間違いなく任務《バイト》の先輩であろう。早見桃乃《はやみももの》という、同い年の敦賀気比高校生。確かに彼女にはいろいろ聞いてみたいことがある。どんな決意を持って始めたのか、など。
だいぶ陽も落ちてきた。私はともかく、杏はまだ部活動の最中である。片がついた以上、早く戻ったほうがいいだろう。 「ちゅーわけで、撤収だね、撤収。おつかれさま。帰ってビール飲むぞー」 三上さんの声が、先程まで戦場だった森に響く。突然始まった、私の初出勤の日は終わろうとしていた。