4-2 藤沢那子、連れ去られる
「おーい。そこの女子高生ー」
敦賀高校の正門から出て十七歩の地点で、私――藤沢那子《ふじさわなこ》は声をかけられた。 より正確に言うと、声が聞こえた時点で周囲を確認し、近辺に女子高生として判別しうる物体が自分を置いて存在しない、という確証を得た上で、自分に対して声をかけられたと判断し、声の方を振り返った。
「そーそー、あなたあなた。いやー私も、高校の真ん前で女子高生ー、って声かけるのもどうかと思ったけどね。いっぱい振り向いたらどうすんだ、ってね」 声の主は、路肩に停車した車の運転席にいた。全開の窓から顔を出して声を張り上げた彼女は、ハザードランプを点滅させて車から降り、私の隣に立つまでずっと何やら喋っていた。
「で。あなた、ここの生徒の張籠杏《はりかごあん》さんと面識ない?」 「杏ですか? 彼女は友人ですが――」 と答えたところで思い至る。この人はもしや。
「ひょっとして、崑崙の三上さん、ですか?」 「あら、よくわかったわね。つーことは、あなたひょっとして藤沢那子ちゃん?」 「はい。藤沢です」 「おー、ちょうどよかった。崑崙の美人主任技術者、三上尚子《みかみなおこ》よ。よろしくね」 と差し出された名刺を受け取る。あ、ほんとに「美人主任技術者」って書いてある。
――この目の前の風変わりな女性から、友人の杏に対してアポイントメントがあったのが昨日。魂魄《こんぱく》――いわゆる、昨年私たちが遭遇した動く雪山――についてお願いしたい事がある、と。 その申し出に対し、まずは詳しい話を聞きたい、友人、すなわち私も同席で――との返答をした杏。なので、杏を探す女性の正体にピンときた次第である。 ……ただ、その約束の時間は一時間半も後なのだが。それまですることもないので、時間潰しをしようと校門を出たところだったのだが。
「……で?杏ちゃんは今どこ?」 いきなり呼び方が「杏ちゃん」に変わってて面喰らう。確か、昨日初めて電話で少し喋っただけの間柄じゃなかったっけ。 「杏は、部活で校外を走ってるはずなんですが」 そう。敦賀高校陸上部の期待の星である彼女は、校外での長距離ランニングの真っ最中だと聞いている。どの辺りまで走りに行くのかは知らないが、数十分で戻ってくるような距離ではないだろう。だからこそ、部活動が終わる頃を待ち合わせの時間に指定したはず、なのだけど。
「むー、まいったなー。ちょっとは期待して早めに来たんだけどなー」 「あのー」 気になることを聞いてみる。 「約束の時間にはまだかなりあるんですけど、なんでこんなに早く来られたんです?」 「それがさー。今、まさに今なんだけど、緊急で戦力《バイト》が一人欲しくてねー。元々今日そういう話をするつもりだったんだけど、予定が早まっちゃって。先方の都合で」 アルバイトの話、なのだろうか。
「話聞いた限りでは、木行か火行のどっちかに適性があるはずなのよねー。だから一応両方の攻撃型宝貝《ぶき》を持ってきたんだけど」
と、彼女は後部座席のドアを開け、二本の武器を取り出した。…………武器? 一本は、槍状の武器。大河ドラマなどでよく見る槍と比べると、多少派手な装飾が施されている。 もう一本は、金色の棍棒。これも時代劇などで、山伏が持っているのを見たことがある。確か錫杖《しゃくじょう》、と言っただろうか。形状はそれに近いが、こちらも見た目はかなり派手である。 ……この人、なんでこんなもの持ってるんだろう。 あ、あれかな?ドラマかなんかの撮影。そのエキストラの話だろうか。
「あー、やっぱちょっと埃かぶってんなー。……ごめん、ちょっと持ってて」 と彼女は、二本の武器のうち槍の方を渡してきた。慌てて受け取る私。槍ってどんな風に持てばいいのだろう。
その時である。 無造作に持った槍の穂先が、突如赤い光を帯び始めた。まるでロウソクに灯された炎のように妖しく光る。
「――ちょっと待って」 ダッシュボードに置いてあったマイクロファイバーのクロスで、金色の棍棒を磨こうとしていた彼女の手が止まる。光りだした槍と私を交互にをまじまじと見つめる。 「……マジで?」 なんだろう。そういうギミックのついた小道具、かと思っていたが、この驚いた顔を見るとどうもそうではないらしい。 「……あなたでいいわ。ちょっと来て」 「え?」 突然のご指名。え?何なの? 「あなた――えっと、那子ちゃんだっけ。槍、使ったことない?」 「あ、ありませんよ!」 「都合よく槍術部だったりしないの?」 「違います!何ですかその部活!」 文武両道を校風とし、運動部が活発な我が敦賀高校でも、槍術部はさすがに存在しない。探せばどっかの高校にはあるかも知れないけど。
「いやー、でも驚いた。まさかあなたの方に適性があったとはね。いや、二人とも持ってんのかも。いやー、賭けて正解だったわ。さすが私」 といいつつ、助手席をテキパキと、もとい豪快に片付けだす彼女。そして――
「さ、行くわよ」 と、開いた助手席のドアに手をかけたまま私を促す。 「え?」 「だから。早く乗って。汚くて悪いけど」 「あ、あの、杏は?」 「いーから早く。あんま悠長にしてる時間ないのよ」 「え、えちょっと。あの。杏ーっ!」 私を無理矢理乗せた崑崙の公用車は、大きなエンジン音と砂埃を残し走り出した。