1-4 天谷瑞希、訝る
「………なにこれ」
同日、同時刻。 天谷瑞希《あまやみずき》も、眼下のごく一部の絶景に困惑していた。
敦賀市|泉ヶ丘《いずみがおか》。 北陸自動車道敦賀インターチェンジにほど近い高台。 北陸トンネルの工事中に湧き出したことで知られる温泉、通称「トンネル温泉」を中心として、ホテルや病院、老人ホームなどが立ち並び、またその高台から臨む景色を売りにした新興住宅街となっている地区である。 瑞希もその住宅の一つで暮らしていた。
ここ泉ヶ丘からの展望は敦賀随一と言って良いだろう。市街地のほぼ全てを一望でき、遠くには敦賀湾が美しく輝く。さすがに十数年も見続けると新たな感動こそ薄いが、それでも毎朝少しずつ変化するこの景色を堪能するのが、瑞希の欠かせない日課となっていた。 右手には敦賀港があり、高い頻度でフェリーや大型タンカーの往来を見ることができる。その手前が花換まつりや桜の名所で知られる金崎宮《かねがさきぐう》だ。 中央には敦賀の街並みが朝もやの中に広がる。小さかった頃と比べ、背の高いホテルや商業施設も目立つようになってきた。 左手は――
「……白い」
思わず口に出す。 もっとも左端に見える、視界を遮る枯木との境目、ギリギリのところ。その一角だけ、瑞希の観測史上例のない不自然な光景だった。
あれは、確か|笙の川《しょうのかわ》と黒河川《くろこがわ》が合流するあたりだ。その二本の川に囲まれた部分だけ、綺麗に白く染められていた。 雪…では、ないな。あんな不自然な降り方があるわけがない。じゃあ―― と、考えようとしてすぐに止める。そんなことに時間を割いている場合ではない。何しろ今日は休日とはいえ、特進クラスは朝から授業なのだ。その後は剣道部の部活動が控えている。さらに平日ともなると生徒会活動も加わる。 女子高生とはかくも忙しいものか、と思う時も時折なくはないのだが、その度に「今しか経験できないことは全力で楽しんでおくものだろう」と割り切って考えることにしている。数年後の自分に恥じるようなことはしたくない。 クラスメイトと部員の中に、あの白いあたり――山泉地区だったか、その近辺の住人がいなかったか思い出す。 瑶《よう》は…あいつは違ったか。一番話しやすい相手なんだがな。ただ、そもそも俗世間のことには興味なさそうだしな。
後で誰かにちょっと聞いてみよう。 そう考えながら、瑞希は長い黒髪を後ろから持ち上げ、緑のリボンできつく結んだ。