2-4 藤沢那子、ミルフィーユを積み重ねる

2-5 藤沢那子、ミルフィーユに押し潰される

――ますます気まずい。  羞恥心、劣等感、緊張感……いろんなものが積み重なったミルフィーユはもう音を立てて倒れそうだ。覚悟を決めて口にした言葉だったはずが、いざ思い返すと思わず赤面する。  ところが、現場にいた杏はもちろんだが、他の二人も思ったより真面目に耳を傾けてくれているようだ。

「続けて」  飴田さんが事務的に続きを促す。

「はい……それで、杏と一緒に襲われて。あ、それも本物の雪じゃなくて、ベーキングパウダーみたいな質感だったと思うけど、はっきりとは覚えてません」 「あたしもよく覚えてないなあ」  杏が補足する。今気がついたが、私の発言にもタメ口が自然に混ざってきている。真摯に耳を傾けてくれていることで、徐々に緊張感がほぐれているのかも知れない。

「その、雪山の様子を詳しく」 「うーん、ほんとに、雪で作った《《かまくら》》みたいな、としか……杏は?」 「バブルスライム、グラニュー糖まぶし」  二人が頷く。通じたの?それで?

「さすがに目と口はついてなかったけど。それが、うねうねーって動いてきた」 「悪夢だな」  天谷さんが眉をしかめる。

「……あの」  恐る恐る、一つの疑問を口にする。 「……信じて、くれてます?今の話」 「つまんないこと気にしなくていいのよ」  飴田さんの鋭い言葉。まさに一刀両断、って感じだ。華奢で可憐な外見から放たれる、冷酷な視線と無慈悲な言葉。一部の特殊層からの熱狂的な支持を獲得している所以だ。 「信じるに値する話かどうかは、全部聞いた上でこっちで判断するわ」  しゅんとなった。ミルフィーユ一枚追加。

「……それで、その雪山が、急に巨大化して覆いかぶさってきたんです」  気を取り直して話を続ける。 「杏は必死に庇ってくれたんだけど。私は腰が抜けて動けなくなって。もうだめだ、って思ったんですけど」  一息つき、天谷さんの真剣な眼差しを見つめ返す。

「……雷が、落ちました」 「雷?」 「あたしが出したんだよ!」 「……と杏は言ってるし、私もそういう風にも見えた気もするんだけど、今となってはわかりません。突然、稲光みたいなものが光って、雷鳴みたいなものが響いて――気がついたら、雪山は消えてました。しばらく経つと、あたりのパウダー状の白いものも、徐々に消えて行きました」

――沈黙が生徒会室を支配する。  あー、学校ってこんな静かになることあるんだな。

「あたし」  杏が慌てて沈黙を破る。いたたまれなくなったからかどうかは知らない。

「那子を守んなくちゃ、って必死だったの。それで、どっか行けー、って強く念じてた。そしたら、手からビバババーって……電気が出た、って……思ったんだけどぉ………」  徐々に声が小さくなっていく。

「――いや、疑ったり呆れかえったりしている訳ではない。安心してくれ」  天谷さんが空気を変えるように凛とした声を張り上げる。 「確かに、不思議な話ではある。ただ、否定する根拠はない。むしろ、ここまで具体的な証言、デタラメや勘違いというのは逆に考えにくい。――瑶は?」 「あの人がいる以上、ありえない話じゃない。《《人工降雪機の誤動作》》があるんだから、《《人工雷発生機の誤動作》》があっても全く不思議じゃない。ほんとの原因はさて置き。実際、明るみに出そうになったら、いけしゃあしゃあとそんな発表するに決まってる」

 驚いたことに、二人ともこの異常事態が発生したこと自体については全く疑っていない。 ――いったい、この街には何があるの?

「まず、雪山状の生命体。その存在は信じる」  まさかの一発承認きた。誰にも信じてもらえないと考えてたのが嘘みたいだ。 「雷の発生。これも、あったことは信じるわ。ただし、張籠さんがその発生源かどうかについては、判断を保留する。いい?」  杏と私は同時に頷く。頷く以外に何が出来るだろう。

「で、次だ。どうする?瑶。この情報を持って従姉妹の研究者を問い詰めるか?」 「おそらく、無駄ね」  飴田さんが忌々しそうに首を横に振る。忌々しそうな顔選手権がもしあるなら福井代表の座は確実だ。 「ただ、あの人は何かを隠してる。いつか人知れずボロを出す時もあるでしょう。その時が、この情報の使いどきね」  なんか怖い話になってきた。ここって県立高校だったよね?スパイ養成校とかじゃなく。願書を出し間違えた訳じゃないよね?

「貴重な話をありがとう。また聞かせてもらうことがあるかも知れないが、その時はよろしく頼む」  と、生徒会長は頭を下げる。  私は杏と顔を見合わす。これはこれで、とても不思議な体験だ。