1-6 藤沢那子、安堵する
――徐々に晴れていく砂煙。 杏の上下する肩越しに、もう雪山はなかった。
事情がまったく飲み込めない。おそらく杏も同じだろう。二人はそのままその場を動けずにいた。
気がつくと、私のへたり込んだ足元からは、赤茶色に舗装された歩道が顔を覗かせていた。 慌てて周りを見渡す。 そこには、私たちを中心として、白い物質が溶けるように消えていき、見慣れた色彩が波紋のように広がっていくという、神秘的な光景があった。
どれくらいの時間が経過しただろうか。私は、ようやく立ち上がる。はたいた膝頭から落ちたのは、見慣れた砂だけであった。
「……杏?」 私を命懸けで救ってくれた親友の名を呼ぶ。杏の肩は、まだ激しく上下していた。 「……那子?」 こちらを振り返る。目がうつろだ。まだ現状を認識できていないのだろう。私も同じだけど。 「……どう、なったの?」 「わかんない。けど……」 あたりを指差した。 「助かった、みたい」
その言葉と同時に、今度は杏がその場に崩れ落ちた。 杏の隣に再びしゃがみこもうとして気付く。ずっしりと体が重い。妙に火照っている。痛む体を無理矢理動かし、細かく震えている肩を抱き寄せる。
「もう、この際、何が起きても不思議じゃないけどさ」 まだ呆然としている杏に優しく問いかける。 「杏、いつからこんな特技持ってたの?」 「とくぎ」
私の言葉をぼんやりと繰り返した杏は、自分の両手をじっと見る。 次の瞬間、溢れ出る喜びを隠しきれない表情を浮かべた。先ほどの閃光に勝るとも劣らない明るさだ。
「で、で、で、で、で、で、電気」
感情が追いつかない、といった感じだろうか。自分の両手の指を大きく動かしながら声を上げる。
「電気、出た、電気」
勢いよくすっくと立ち上がった。スカートが翻る。
「ついに、ついに来たよ!あたしの能力!」
割れんばかりの大声で叫ぶ。歓喜の限界を超えて感情が暴走しているようだ。 よく似た光景をテレビで見たことがある。クリスマスプレゼントをもらって我を忘れ狂喜乱舞する少年少女の様子。あれがざっと80人分くらいか。
「親友のピンチに発動する特殊能力!これぞあたしの求めていた青春よ!ロマンよ!きたきた、きたーーっ!」
杏の魂の叫びを聞きながら、私は今朝からの異変について思い返していた。 街を覆い尽くす白の異変。襲いかかる雪山状の何か。突如発動した雷光。 その全てが、事実として認識するにはあまりに現実離れしている。
ただ、今から確かめようにも、その証拠を示すものは、もう何もなかった。