2-1 飴田瑶、怒る

2-2 藤沢那子、張籠杏の特訓に付き合う

「とぅらぁーーっ!」  雪深い松島中央公園に杏の奇声が響き渡る。  あの格好は私――藤沢那子《ふじさわなこ》も見たことがある。チャイナドレスを着た格闘ゲームの女性キャラクターが、気みたいなものを放出する時のポーズだ。次は…あれも知ってる。同じゲームに出てくる軍人さんの技だったような。次は…………あれは何だろう。攻撃しよう、という意思が微塵も感じられない。おそらく苦笑いしか生まれない。苦笑いを生む技か。そうなのか。 「きゅえぃえーーっ!」  掛け声だけは勇ましいのだが。痛ましい、と言えなくもないけど。

「何をしようとしてるのか、はだいたい想像つくけど、付き合いだから聞くよ?」  息を切らし、真冬に汗ばむ杏に声をかける。 「なにやってんの」 「いやー、あれからさ」  髪を振り乱したまま杏が振り返る。 「もっかい、あの電気ビリビリのやつ出してみたいんだけど、どうやっても出ないのよねー」  と首をかしげる。 「家でもずっとやってるんだけど。やっぱり、親友のピンチとか、親友が死んで怒りが爆発した時とか、発動の条件があるのかも」  確かにそういう設定のアニメはいくつも見たことがある。できれば死なずに発動できる方がありがたいけど。

 敦賀高校でも、3学期は通常通り始まった。  通常でないのは、まだまだ消える気配のない大雪。それによって、通学が激しいアトラクションと化したこと。それから、もう一つ――

 昨年末のあの一件は、おそらく無闇に口外すべきものじゃない――そう感じ、杏にもお願いした。全市民に自慢して回ろうかという勢いの杏を説得するのは苦労したけど。  クラスメイトにもそれとなく聞いてみた。あまり派手に聞いて回ると余計に事が大きくなるので、限られた人数にしか確認していないが、例の一件を知っていたのはごく一部だった。その人達も噂に聞いた程度であり、具体的な事件の内容を知っていた人は、少なくとも私の周囲にはいなかった。

 あの瞬間、実際に何が起こったのか、今でもよくわからない。雪山のような奇妙な生物に襲われたのは確かだし、雷のような光と音も確かに存在した。事実のはず、なのだが、今となってはなんの証拠もない。日が経つにつれ、だんだん記憶があやふやになってくる。  杏の手も確認してみたが、特におかしい所もなかった。本人は手のひらから電撃が放出されたと言い張り、確かに私にもそう見えた。しかし、その手は残念ながらごく普通の女子高生の手のままだった。本人は特に残念そうだ。

「あたしね」  体力を使い果たし、自転車に腰掛けた杏がつぶやく。 「魔法少女とか、正義の戦士みたいなのにずっとなりたかったんだ。まあ、空想の世界の話なんだ、現実にはないんだ、って言うのもわかってたんだけど」  風が強くなってきた。杏の乱れた髪がなびく。 「でも、あの瞬間だけは、なりたかったものについになれたんだ、って今でも信じてる。大事な友達を守って、普通の人にはできないようなすごい能力を使える、正義の味方に」  嘘偽りのない真っ直ぐな気持ちだろう。私がこの親友のことを心から信頼できるのは、こんな素直で混じり気のない気持ちで生きていることを知っているからだ。 「だから、もう一回出してみたいんだけどなー」

いつでも特訓に付き合うよ、杏。大雪に埋もれた公園はもう勘弁してほしいけど。