3-2 飴田瑶、チーズタルトで怒りを収める

3-3 三上尚子、アルバイトを派遣する

「……桃《もも》ちゃーん、聞こえる?」 「……はい。こちら早見。良好です」 「OK、OK。ちなみにゴルフの打ちっ放しの――」 「左手の方向約百メートル、ゴルフ練習場のネットが見えます」 「OK、的確な返事ありがとう。位置情報も問題無しね。若いのにえらいわねー」

 早見桃乃《はやみももの》からの返事はなかった。代わりに、地図上で桃乃の現在位置を示すマーカーが、わずかに北に移動する。

――昨年末の事故に対する、私――三上尚子《みかみなおこ》の見解は、おおむね従姉妹の瑶に話した通りだ。ただ、計算が合わないところも多少存在し、実はスッキリしない部分もあった。  そこに、瑶が持ち出した話。動く雪山、雷、小鳥――荒唐無稽な噂話で片付けるべき話ばかりである。ここが、敦賀でなければ。実際私も、いつもの肯定も否定もしない曖昧な返答で煙に巻こうとし――突如、ある仮説に思い至る。

 事故の前後におけるエネルギー量の不可解な差分。  なぜか定格の半分程度までしか上昇できなくなった出力。  最後まで回復できなかった監視機能。  そして、瑶の友人の証言。

 これらを矛盾なく組み合わせられる、それなりに現実味のある答え。今、ふっと思考の海の中から顔を出し、私の手に収まった。  この間、およそ0.3秒といったところか。何かに思い至ったことに、勘のいい瑶なら多分気づいただろう。ただ、検証もしていない仮説をここで述べるのは、研究者としてのプライドが許さない。ここは、あくまでいつもの返答でお茶を濁しておく。また瑶の怒りを買っただろうが、大事の前の小事、致し方ない。

「……三上さん、聞こえます?」 「はいはーい、どったの桃ちゃーん?」 「…できれば、早見と呼んでもらえないでしょうか」 「えええーっ。そんな他人行儀なカンケイはいーやーだー。桃ちゃんがいーいー」 「では、それでも結構です。これより舗装のない道に入ります。雪はまだ数センチですが残っています」 「了解。気をつけてねー。ミ・アモーレ」

――私の仮説が正しいとすれば、このミッションに最適な人材は、《《昭和53年》》に生まれた子たち。現在は高校2年生で、この春から高校3年生になる子たち。  今、双方向無線機形宝貝《トランシーバー》の向こうで話す桃ちゃんもそうだ。今回彼女に託した杖型の攻撃型宝貝《ぶき》。この取り扱いについて抜群の適性を誇る。また勤務態度も非常に真面目で、任務について軽々しく口外しないであろう性格も適している。まあ、年齢に似つかわしくないくらい冷静すぎるところが多少心配ではあるが。

 あとは、この仮説の裏付けである。すなわち、瑶の友人が目撃したという、雪山状の生命体。これが実在するのか否か。  あの日のデータを徹底的に分析し直した。山泉地区周辺の異常な圧力上昇を記録したあとは、中央制御装置には翌朝まで記録は残されていない。しかし、各地に設置した定期監視装置《モニタリングポスト》の観測データを繋ぎ合わせ分析したところ、興味深い結果を得られた。  無害化されて放出されたはずのエネルギー体。それが、事故の翌未明から早朝にかけ、《《一点に集約し、わずかながら移動した痕跡》》。信じがたい結果だが、確かにデータはそれを示していた。

 「崑崙《こんろん》」の主任技術者としては見過ごすわけにないかない。  もし本当に、雪山状の生命体が実在したのなら。  分析結果を元に、次に雪山状の生命体が出現する可能性のある地点を予測する必要がある。

 その結果割り出されたのが、今桃ちゃんが向かっている敦賀市|沓見《くつみ》の山中である。  本当に偶然ではあるが、彼女が通う敦賀|気比《けひ》高校の目と鼻の先だったため、徒歩で向かってもらっている。本来なら彼女の任務のために運転手を用意すべきだが、まあその辺はいずれ。

「……三上さん?」 「はいはい桃ちゃん」 「……いました」  モニターを見る。雪山出現の予想地点と、彼女の現在地が重なった。 「どんな様子?」 「呼吸するようにゆっくり上下に動いています。雪と同化しているので見分け辛いですが」  普通の女の子なら泣いて逃げ出すだろう。気丈に対応できる冷静さと責任感を買って依頼したものの、多少末恐ろしさも感じる。さすがの私でも。 「測定器《サーベイメータ》は?」 「位置、大きさ共におおむね正しい値を示しています。雪の中に紛れていても検知可能かと」  こちらにも計測値が転送されてきた。性能は信頼できるようだ。今後の探索において強い味方となるだろう。 「……わかった。危険だと思ったら迷わず逃げて。深追いは禁物よ」 「わかりました」

 彼女の現在地を示したモニターを見ながら、ため息と共に、最も素直な言葉が思わす口を衝いた。

「……いやー、ホントに居たのね」