2-6 天谷瑞希、覚醒する

3-1 三上尚子、説明する

 敦賀半島の先端に位置する静かな漁村。  冬の日本海の荒波が激しく打ち寄せていた海岸線は、春の足音と共に穏やかさを取り戻しつつある。

 ここに、さびれた漁村にはとうてい似つかわしくない、巨大な建築物が陣取っている。私――三上尚子《みかみなおこ》の勤める研究施設、通称「崑崙《こんろん》」だ。

 この施設で発生した事故から、もうすぐ三ヶ月が経過しようとしていた。  一時は全機能が停止するほどの非常事態となったが、幸いにもすぐに機能を回復させることに成功し、大事に至ることはなかった。故障個所の修復も順調に進み、まだ出力こそ低いものの、稼働できる状態に戻っている。

……いやー、あん時はさすがの私も確実に死んだかと思ったわ。まあそれはいいとして。

 さて、順当な話の流れで行けば、次に説明すべきはこの研究施設のことね。当然の疑問だわ。ただ、ここで進められている研究の内容については、シロウトさんに説明するにはちと骨が折れる。超《ちょー》難解な理論を基礎の基礎から説くには時間がかかり過ぎる。かといって上辺《うわべ》だけ説明してわかったような気になられても困る。  というわけで、端的に言うと面倒なので割愛させていただくわ。  代わりに、子ども向けに製作された啓蒙用のパンフレットから引用させていただくと、「古来からある技術と最先端の技術を融合し、敦賀市民の暮らしをよくする研究です」とあるわ。このわかるようで何だかわからない説明、私は好きよ。

 理屈はさておき、この施設での研究成果は、賛成派にも否定派にも、技術の内容を理解している人にもしていない人にも、さらには存在自体を認識している人にもしていない人にも、全ての市民の生活からもう切り離すことができない程密接に寄与されてるわ。  なにしろ、この施設で生み出されたエネルギーは、市全域に血管のように張り巡らせた循環器――私は「龍脈《りゅうみゃく》」と呼んでるけど――によってあまねく供給されているの。

 事業を推進する私の立場から言わせてもらうと、少数ながらも根強い反対派が今でもいることが全く理解できない。自然のままがいい、とか言っちゃってるけど、それで立ち行かなくなったから先進技術で何とかしようとしてるんじゃない。ねえ?技術の進歩を受け入れられないなんて不幸だわ、ほんと。何の話かよくわからない?そりゃそうでしょうね、細かく説明してないから。まあイメージだけ掴んでちょうだい。

 そんな新旧の技術の融合により実現した、エネルギーの精製、循環、そして増殖と再生というサイクル。敦賀の街を維持する、クリーンで無限の新しい原動力。素敵だと思わない?

……え?危険はないのか、って?そりゃあ、ねぇ……エネルギーを生み出すってことは、武器にだって転化できる、っつーことだからねぇ。そういう意味では、「ちゃんと制御できない状態」に置かれた場合は確かに危険ね。だから、こんな大層な設備でもって厳重な管理をしてんのよ?安心しなさいよ。

……え?じゃあ何で呼ばれたのか、って?イタいとこ突くわね。ウチの従姉妹思い出したわ。  確かに厳重な管理は出来てんのよ?出来てんの。ただ、昨年末のちょっとした事故、というか《《出来事》》の以降、不穏な動きがあってね……よくわからない目撃証言とか。でも、心当たりが無いわけじゃないのが辛いところ。で、あんまり公にはしたくないから、極秘で調査をお願いしたいわけ。あ、大丈夫。適性検査は事前にさせて頂いてるわ。あなた、適性なら多分敦賀で一番よ?この仕事。安心しなさい。

「――さて、質問がなければ、次に宝貝《ぶき》の使い方について説明するけど。いい?」 「はい。お願い致します」

 早見桃乃《はやみももの》と名乗った少女は、礼儀正しくお辞儀した。