2-6 天谷瑞希、覚醒する
「――どう思う、瑶《よう》」 帰り道。私――天谷瑞希《あまやみずき》は、隣を歩く友人、飴田瑶《あめだよう》に尋ねる。先ほどまで生徒会室で聞いていた話のことだ。
「――尚子《なおこ》さんの話を聞いていた時も、うすうす感じてたんだけど」 尚子さんとは、彼女の従姉妹であり技術者の三上尚子《みかみなおこ》のことだ。先日丁々発止とやりあった相手でもある。
「あの人にも制御できないような異変が起こっているような気がする。で、それをひた隠しにしようとしている」 「それが、雪山みたいな生命体の出現、ということか」 「――わからない。起こった異変の影響で意図せず出現し、あの人がそれに気づいてない可能性だってある」 「最悪のシナリオだな」
ここ敦賀の街に異なる秩序が持ち込まれてから、かなりの年月が経つ。そのおかげで、小さな港町の生活は飛躍的に便利に、豊かになった。ただ、その実情については、多くの市民は詳しいことを知らない。私もそうだ。瑶を通じて、かろうじて断片的に耳にするのみである。 おそらく、今までと全く異なる新しい秩序を維持するということは、理想論だけでは語れないのだろう。良いこと、だけでは前進しない。徐々に歪みが生まれているのかもしれない。また、そのことについて表立って情報が公開されることもないだろう。その歪みが大きくなり、手に負えなくなった時――私は、市民は、どういう行動をとればよいのだろう。それとも、深刻に考えすぎか。
――それは、突然だった。
正面から近づいてきたライトバン。側方から滑空してきた小鳥。両者は私のすぐ前で鈍い音を立てて激突し、跳ね飛ばされた小鳥が私の足元にぽとりと落ちた。そのまま走り去るライトバン。 私も、瑶も動きが止まる。小さく息を呑んだ。 まだ歩道に深く残る雪の上に落ちた小鳥は、チイチイと苦しそうな声を上げて痙攣している。可哀想だが、助かる見込みはないだろう。
――なぜ、その時そんな行動をとったのか。論理的に説明することは難しい。冷たい雪の上に横たわる、消えかける小さな命への慈悲だったのか。 私は、ごく自然な動作でその小鳥を拾い上げ、手のひらで優しく包み込んだ。 覗き込む瑶。彼女にも言葉はない。二人と一羽を中心として、無言の時間が流れる。
――それも、突然だった。
手のひらと小鳥を中心として、淡い緑色の光に包まれた。 徐々に温かみを増す手。見開かれる瑶の瞳。苦しそうな鳴き声がだんだん小さくなっていく。
やがて―― 小鳥は、何事もなかったように冬空へ飛び立っていった。
「――今のは……」 事態を把握しきれず、じっと手のひらを見つめる私。 再生。蘇生。復活。そんな単語が頭をよぎる。まさか――
その私の傍で瑶は、思いつめたような険しい顔で、何やら考え込んでいた。