3-3 三上尚子、アルバイトを派遣する

3-4 早見桃乃、任務を遂行する

 標的《ターゲット》まで約10メートル。  私――早見桃乃《はやみももの》は、崑崙《こんろん》から支給された攻撃型宝貝《ぶき》を握りしめる。

 杖のような変わった形。一見、戦いに向くとは思えない形状だが、いざ試してみたところ、まるで私のために作られたと錯覚するほどの使い心地だった。適性がある、と三上さんが断言するのも納得できる。  私の使命。この杖で、雪山状の生命体を無力化し、崑崙《こんろん》に帰すこと。たったそれだけの話。模擬訓練《シミュレーション》だって何度も行った。本番でも同じことをただ繰り返すだけだ。不安要素は何もない。

 標的まで約5メートル。

 蠢《うごめ》く雪、というのはやはり異質な光景だ。異質といえば、周辺の木の幹に付着する白い物質もそうだ。おそらくあれも雪ではなく、標的と同じ成分だろう。まるで自分をアピールするように、異質な白い森を形成しようとしているかのよう。これも報告の対象としよう。

 標的まで約3メートル。

 一歩進むたびに、足が雪の中に大きく沈み込む。足元さえ不安定でなければ、一気に飛びかかれる距離だ。革靴のまま来てしまったが、やはり雪中の戦いには向いていない。ただ、あくまで平常時と比較して、の話で、この戦いが不利になる要因として考慮するほどの事でもない。  相手の様子に変化はない。こちらに気づいているのかいないのか、窺《うかが》い知ることは難しい。どちらにしろ、相手が動く前に仕留めれば良いだけの話だ。

 もう一歩、標的に接近する。  右足の下敷きとなった小枝が、ぱきんと音を立てて折れた。同時に、頭上の枝に積もっていた雪がざらざらと降り注ぐ。

 その雪に紛れ、標的は私に飛びかかった。

 いや、飛びかかろうとした、のだろう。体はごく自然に反応した。一瞬身を屈めたように見えた標的の、その中心に正確に杖を叩き込む。同時に、杖の出力を最大値まで上昇させる。

 金属音のような高い音が山林に響く。わずかな熱を帯びながら、淡く白い光に包まれる杖。身悶えるかのような仕草をみせる標的。

 そして――  標的は、跡形もなく消え去っていた。  少し遅れて、木の幹に付着した白い物質も徐々に薄れていく。  すべて、模擬訓練の通りだ。

「……三上さん」  双方向無線機形宝貝《トランシーバー》の向こう、吉報を待つ依頼主への報告。当初から想定していた報告内容を、一字一句違わずに告げる。

「任務、完了です」