3-4 早見桃乃、任務を遂行する

3-5 三上尚子、決意する

 早見桃乃からの報告を受け、私――三上尚子《みかみなおこ》の口から大きな溜息が漏れた。

 想定はしていた。とはいえ、やはり紛れもない現実として目の前に突きつけられたことで、言い知れない不安に包まれる。 ――だめだ、弱気なことを思っていては前に進まない。現状を分析し、次に想定される事態に備える必要がある。私は崑崙《こんろん》の主任技術者なのだから。

 まず、雪山状の生命体が沓見に出現した原因について考える。  前提として、認めねばならない事実がある。昨年の事故当日に山泉地区で起こったベントを発端として、雪山状の生命体が出現したこと。状況や目撃証言から考えて、この事実を覆すことはできないだろう。それを踏まえた上で――  一つは、山泉で出現した別の生命体が、沓見まで移動した可能性。しかし、直線距離にして4キロメートルはある距離を、長い時間をかけて雪に紛れて動いたというのか。可能性はゼロではないが、根拠に乏しい。  そして、もう一つの可能性。山泉地区とは別に、沓見地区もしくは近隣のベント装置から脱出し、今まで息を潜めていた生命体がいた可能性。  この場合は、事故の当日、監視機能が作動していなかった間に脱出していた可能性が極めて高い。

――もし、後者の仮説が正しいとしたら。さらに恐ろしい考えが頭をよぎる。すなわち、その空白の時間帯を狙い、《《複数の生命体が示し合わせたかのように同時に脱出し、今も街中で息を潜めている可能性》》。明確に否定できる根拠は、ない。残念ながら。

 不意に、手が震え出す。止めようがない。

 この街の繁栄のため、平和のための研究に心酔し、崑崙の技術者となった。  高度な技術力をもってすれば、何の問題もなく制御できると信じていた。

 だが。  私は、この街にとんでもないものを解き放ってしまったのかも知れない。

 眩暈がする。底知れぬ恐怖が込み上げる。

 いや、不安要素ばかりではない。現に、今も一人の女子高生の力を借り、生命体の無力化に成功している。定期監視装置《モニタリングポスト》の観測データも残されている。取得範囲を敦賀全域に広げてくまなく分析し直せば、現在認識できていない生命体の個体数や位置をより正確に予測できるだろう。

 従姉妹である飴田瑶《あめだよう》の顔が浮かぶ。彼女も早見桃乃と同じ、高校2年生。もしかすると、彼女やその友人たちにも協力を要請することがあるかもしれない。場合によっては、私自身の手でも。適性がないのは承知だが、技術力でカバーすれば、なんとか太刀打ちできる可能性はある。

――助けて、瑶。怖いよ。

 崑崙の根底をなすエネルギー。その力は、神にも等しい。  秩序から外れた神達は、私の手で、在るべき場所に封じなければならない。  その力を利用した責任のもとに。