3-5 三上尚子、決意する

4-1 三上尚子、出動する

「……三上さん。現場に到着しました」 双方向無線機形宝貝《トランシーバー》からの呼びかけに、私――三上尚子《みかみなおこ》は答える。

「ありがとねー、桃ちゃん。どんな様子?」 「……まだ魂魄《こんぱく》は見当たりません。これから検出箇所《ホットスポット》に近づきます」 「はいはーい。気をつけて」

 長く暗く陰鬱で、おまけに未曾有の大豪雪に見舞われた敦賀の冬が終わりを告げた。  あれだけ街じゅう至る所に居座っていた雪も、今では高い山の頂にその名残を残すのみである。吹く風からも鋭さが消えた。表面上は、いつもの春の訪れ、と言って良い。

「……発見しました。形状はこれまでとほぼ同様ですが、比較的大きい個体です」 「わかったよー。慎重にねー」

 早見桃乃《はやみももの》の特殊任務《アルバイト》への派遣も、今回でもう四回目だ。相当にハードな任務にかかわらず、嫌な顔一つせず、黙々と的確に任務を遂行する彼女の態度には頭が下がるばかりだ。今度「大菊門」で特上ロースでもたらふく食べさせてあげようかと思う。  ただ、このまま彼女に甘えているわけにもいかない。さすがにハードスケジュールすぎる。また、学校側には話を通してあるからまだいいものの、私生活や学業にも影響が出るだろう。

 もう何人か、|協力者を探す《アルバイトを雇う》必要がある。  当初から考えていたことではあったが、想定以上の頻度で出現する魂魄に対処するには喫緊の課題だ。

 あ、あとついでに。当初は「雪山状の生命体」とか呼称していたもの。ちょっと長すぎて呼びにくいので、うち崑崙では「魂魄《こんぱく》」と呼ぶよう統一することにした。行き場所を間違えて彷徨う魂魄。崑崙の名の下に、正しい道筋を示してあげなければならない。

 あ、あともう一つ。公用車の一台を彼女専用とし、専属の運転手も用意してあげた。彼女の通う敦賀|気比《けひ》高校の近くで普段は待機しててもらい、魂魄の検出時にはすぐに出動できる手筈になっている。普段は年齢不相応の冷静さを持つ彼女も、運転手を最初に紹介した時には若干の恥じらいの表情を見せた。あー、めっちゃ可愛いぞー。

「……三上さん。任務、完了です」 「え、もう?早《は》っや。さっすが桃ちゃん、惚れ直すわー」

 彼女の特殊任務への適性には目をみはるばかりだ。元々持っていた身体能力ももちろんだが、何より攻撃型宝貝《ぶき》との適応能力《シンクロ》が尋常ではない。本人はさほど苦もなく使いこなしているのだろうが、適性のない者には全く真似のできない芸当である。

「……じゃあ、桃ちゃん……」

気をつけて帰ってきてね――と言おうとした矢先。

 警報《アラート》がなる。魂魄の出現を検知した合図だ。それも二箇所同時に、かつかなり離れた距離で。

 一つは、新保《しんぼ》地区。敦賀市北東の終端に位置する地区だ。市内中心部からはかなりの距離だが、桃乃の現在地である葉原地区からは程近い。30分もあれば到着するだろう。ある意味ラッキーなタイミングではある。  もう一つは、関《せき》地区。敦賀市西側の終端であり、同地区にある関峠を越えると隣町の三方郡美浜町である。

「……ごめん、桃ちゃん。もう一仕事お願い出来るかしら」 「はい。……しかし三上さん、検出箇所は二箇所のようですが」 「近い方に向かってくれる? 新保の方。ほんとごめんね」 「はい。では、その後で関へ向かえばよいでしょうか」 「うんにゃ」  席を立ち、散らばった資料や道具をかき集めながら彼女に告げる。 「そっちは、私が行くわ」 「三上さんが? しかし」 「だーいじょーぶ、だいじょうぶ。おねーさんに任しといて。そっちはお願いね」  彼女に全てを押し付けるわけにはいかない。これはあくまで崑崙の問題なのだ。  それから、もう一つ。  私にはある思惑があった。