4-5 藤沢那子、抜け駆けを非難される

5-1 藤沢那子、青春する

「……ねえ杏」 「ん? どしたの?」

 前を行く友人――張籠杏《はりかごあん》に、私――藤沢那子《ふじさわなこ》は話しかける。

「高校三年生、ってさ。進学と就職という人生の岐路に立って、色々と思い悩む年頃よねえ」 「まあ、そういう風に思ってたね」 「部活の後輩に泣きながらユニフォームとか渡してさ。私は卒業するけど、これからこのチームをよろしくね、とか言っちゃう年頃よねえ」 「まあ、そんな場面もあるよね」 「青春よねえ」 「青春だねえ」 「…………なんで、こうなっちゃったかねえ」 「それは言わないようにしようよ」 「……うん。そだね」

 杏が手にする金色の棍棒。私が手にする槍。二つの宝貝《ぶき》が同時に薙ぎ払われる。  行く手を阻んでいた魂魄《こんぱく》が二つ同時に消滅する。  一応、魂魄について説明しておいたほうがいいだろうか。半年ほど前からここ敦賀の街に出現するようになった、雪山状の生命体。これを私たちは《《魂魄》》と呼んでいる。言い出したのは崑崙の自称美人主任技術者、三上さんだけど。

「那子も、ようやく戦力として物になってきたよね」 「うー、ありがと。杏の特訓のおかげだけど」 「そりゃ、死なれちゃ困るしさ。毎回へたり込んでばかりじゃ助ける方も大変だし」 「へいへい。ヘタレ那子ちゃんですみません」 「今のところ、封神初段、ヘタレ七段といったところかしら」 「ヘタレ度高いなー、私」 「こないだまではヘタレ永世名人を名乗っても恥ずかしくなかったよ」 「杏の言葉がどんどんキツくなっていくよう」

 頭上を覆う木の枝から魂魄が飛び掛かる。私は炎の出力を心持ち強め、槍を上方へ薙ぎはらう。また一つ魂魄は消滅する。  一応、封神についても説明しておいたほうがいいだろうか。彷徨う魂魄を崑崙の摂理に戻す作業。身も蓋もない言い方をすると、駆除作業。これを私たちは《《封神》》と呼んでいる。言い出したのは崑崙の自称美人主任技術者、三上さんだけど。

「おー、かっこいい」 「どう?惚れた?」 「それくらいで惚れてたら、今頃那子はあたしにベタ惚れのはずなんだけど」 「え?私は元々杏にメロメロよ?」 「気色悪い上に表現が古い。救いようがない」 「言葉のトゲが痛いわ」

 やがて私たちは、最大検出箇所《ホットスポット》に辿りつく。  そこには、ひときわ大きな魂魄が陣取っていた。

 春以降の魂魄の出現パターンとして、大きな魂魄が中心に存在し、その周りを小さな魂魄が囲んでいる、という特徴がある。杏に言わせると、いわゆるこの地区《エリア》のボス戦、らしい。  単に一撃叩き込めば終わり、という相手ではないことはこれまでの経験上よくわかっている。  ちなみに私は何度かの戦闘を経てそれを体感したが、杏いわく「ボス戦なんだから当たり前じゃん、何言ってんの?」とのことらしい。そういうものなのか。

 戦い方だって、もうルーチンが出来上がっている。  杏に目配せすると、私は槍の火力を増幅させ、杏の棍棒に接触させる。オリンピックの聖火リレーの要領だ。  その途端、ただでさえ金色に輝いていた杏の持つ宝貝が、私の生み出したエネルギーをまとい、より攻撃的な眩さに包まれる。二人の連携技だ。完成させた時に杏が狂喜乱舞して喜んだ、彼女が言うところの必殺技。  高く跳躍した杏。振り下ろした棍棒が魂魄に到達するかしないかの絶妙なタイミングで、棍棒に蓄積されたすべてのエネルギーを一気に放出する。轟く雷鳴。走る稲光。眩い光が収まった後、魂魄は跡形もなく消え去っていた。  いわゆるステージクリア、らしい。杏に言わせると。

 五月。  私たちが敦賀高校の三年生へと進級し、ひと月以上が経った。 ――はず、である。  はず、なのだが。実はその拠り所とするものが、全くない、のだ。    敦賀高校を含む市内すべての学校は、春休みから継続して《《無期休校》》となっていた。無論、始業式も未だ行われていない。入学式も、オリエンテーションも、新入部員歓迎会も、何もかも。    私たちは果たして今、二年生なのか三年生なのか。春休みの宙ぶらりんの状態が、来る日も来る日も続いている、と言って良いだろう。

 こんな異常事態において、はっきりしていること。  ただ一つ、私たちの行動理念の拠り所。

 この敦賀の街を救うのは、私たちだ。